「バイデン氏の撤退」は避けられない

今回のコラムの見出しは本来好ましくないだろう。政治家としてこれまで歩んできたバイデン氏の名誉を傷つけるのではないかと思うからだ。しかし、副大統領として8年間仕えてきたバラク・オバマ元大統領(任期2009~2017年)が「バイデン氏の撤退やむを得ない」と判断していることが報じられた。そのニュースはバイデン氏の耳にも届いただろう。バイデン氏にはもはや救いの手がなくなった感じだ。チェスのゲームで言えば、これで「チェックメイト」だ。

大統領選レースから撤退を要求されるバイデン大統領 バイデン氏のFbより

参考までに、年齢こそオバマ氏のほうが若いものの、バイデン氏は「彼は私の友人だ」と会う人々に語ってきた。オバマ氏が8年間の任期を終えた時、副大統領だったバイデン氏は当然、オバマ氏の後継者として大統領選に出馬したいと考えていた。しかし、肝心のオバマ氏はヒラリー・クリントン女史をトランプ氏の対抗馬に推したのだ。バイデン氏はやはりショックだったろう。そのオバマ氏が今度はバイデン氏に大統領選レースから撤退を要求する最後の一撃を加えたわけだ。「政治の世界」では本当の友人は少ないと言われるが、ホワイトハウスに関連する問題となれば、本当の友人を見つけることが一層難しいわけだ。

興味深い点は、トランプ氏が今回、副大統領候補者選びで最大の条件としたのは政治キャリア、性別、出身地ではなく、自身への忠実さだと言われる。トランプ氏には自身が選んだマイク・ペンス副大統領(当時)が土壇場で自分を見捨てたという苦い思いがあって、彼は忠実さを重視したのだろう。一方、バイデン氏は友人と思っていたオバマ氏から2度、冷たい扱いを受けたことになる。

当方はこのコラム欄でバイデン氏のことを少し書いた。29歳で上院議員に初当選した直後、妻と娘を交通事故で失い、自分の後継者と期待していた長男(ジョセフ・ロビネット・ボー・バイデン)が2015年、脳腫瘍で亡くなるなど、家庭的には不幸が続いた。にもかかわらず、政治の世界では上院議員として外交分野で活躍し、副大統領、そして大統領と政治の頂点まで駆け上がることができた。その意味で、政治家としては強い運勢があったのだろう(「人は『運命』に操られているのか」2019年10月20日参考)。

そして現在、2期目の大統領職を目指して選挙戦を行っているが、81歳の高齢のバイデン氏は明らかに体力的、メンタル的に衰えを隠せない。特に、第一回トランプ氏との討論では誰の目にもそれが明らかになった。それ以降、バイデン氏では11月の大統領選に勝てないということで、民主党内でバイデン氏の秩序ある撤退を求める声が高まってきたわけだ。トランプ氏への暗殺未遂事件はその圧力を決定的に高めたことは間違いないだろう。

81歳のバイデン氏、78歳のトランプ氏と高齢者同士の大統領選だが、トランプ氏が39歳のJ・D・バンス上院議員を副大統領候補者に任命し、共和党の全国大会の舞台にバンス氏がその姿を見せたとき、久しぶりに新鮮さを感じた。米国には若く、優秀な政治家がまだ多くいることを感じたし、彼らが政治の表舞台でその能力を発揮すれば、米国だけではなく、世界にもいい影響を与えるのではないか、といった希望さえ感じた。

当方は「高齢者は舞台から去れ」といったエイジズムを叫んでいるのではない。ジュネーブに本部を置く世界保健機関(WHO)は2021年、「エイジズム」(Ageism)への戦いキャンペーンで「Age doesn’t define you」(年齢であなたを定義できない)というキャッチフレーズを掲げていた。「エイジズム」とは年齢による差別や偏見を意味するもので、「年齢主義」とも言われる。

WHOの調査によると、世界的に2人に1人の成人は高齢者に対して偏見を持っているという結果が出ている。年齢問題研究者で心理学者のクラウス・ロータームンド氏は、「高齢者に残りの人生への期待を少なくするように要求することは非人間的だ。年を取ればそれだけ価値がなくなるとほのめかしているようなものだ」と指摘している。

ソフトウェア開発・ITサービス企業「サン・マイクロシステムズ」社の創設者の1人、ビノッド・コースラ氏は、「新しいアイデアという観点から見れば、45歳以上の人間はもう死んでいる」と主張。また、メタ最高経営責任者(CEO)のマーク・ザッカーバーグ氏は、「若い人間のほうが賢い」と言い切っているほどだ。

IT関連知識や操作能力に関してはIT企業トップの意見は正しいかもしれないが、IT関連の知識やノウハウだけが人間の能力を図るものではない。ただ、IT社会で生きている現代人にとって実際、スマートフォンやコンピューターを駆使できなければ、さまざまな困難が出てくることは事実だ。米国では行き過ぎたエイジズムに対して批判的な声が上がってきている。

バイデン氏は選挙戦で自身への撤退要求に対し、「昔のように演説はうまくなくなったが、大統領としてその職務を履行してきた」と述べ、「私の過去3年半の大統領としての実績を見てほしい」と懸命にアピールしていた。

選挙はどの国でも非情だ。勝利しない限り、落選政治家はただの人になる。米大統領選はその非情さの好例だろう。民主党がホワイトハウス入りできない場合、多くの党員は職を失う。だから、ぜひとも勝利しなければならない。バイデン氏もそれを知っているはずだ。8月15日の民主党大会までに代替の候補者を見つけなければならない。民主党にはもはや時間がない。バイデン氏の大統領選レースからの撤退はもはや逆行できないだろう。米国大統領は世界の指導者としてその政治手腕を発揮しなければならない立場だ。やはり体力もメンタルもフィットでなければならない。

友人と信じてきたオバマ氏から最後の一撃を受け、ホワイトハウスに別れを告げなければならないとすれば、バイデン氏は人間的には哀れかもしれない。それが政治の世界だ、と言われれば、そうかもしれない。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2024年7月20日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。