ハリス副大統領を侮ってはならない

第47代米大統領を決める大統領選は波乱に富んだ展開となってきた。ジョー・バイデン現大統領と復権を狙うドナルド・トランプ前大統領の戦いは高齢者同士の宿怨の戦いとしてメディアで報じられてきたが、バイデン氏が21日、大統領選から撤退を表明したことから、11月の大統領選まで3カ月余りを残した現在、米大統領選はもはや高齢者同士の戦いから、バイデン氏が支持するカマラ・ハリス副大統領とトランプ氏の戦いとなってきた。

カマラ・ハリス副大統領インスタグラムより

トランプ氏は選挙戦では81歳のバイデン氏に対し、大統領としての職務履行能力を追求したが、バイデン氏は本戦前に退場した。その結果、トランプ氏自身が米大統領選で次期大統領候補者としては最高年齢者(78歳)という称号を得てしまった。もはや年齢カードは使えなくなったこともあって、トランプ選挙対策チームは新しい選挙戦略の作成に乗り出している。ズバリ、ハリス対策だ。

一方、ハリス副大統領はバイデン氏から大統領になるチャンスを得た。幸い、ハリス氏はいいスタートを切っている。バイデン氏が大統領選から撤退表明したことを受け、負けレースに投資を控えてきた民主党寄り支持者や大口献金者から選挙資金が集まってきた。ハリス氏の選挙対策チームは「過去24時間で8100万ドル(7300万ユーロ)を集めた」と報告している。

それだけではない。党内では大統領ポストを狙っている潜在的なライバルの上院議員たちが次々にハリス支持を表明したのだ。ナンシー・ペロシ元下院議長がハリス支持を言い出すと、クリントン元大統領夫妻もハリス支持を明らかにした。そのほか、カリフォルニア州ギャビン・ニューサム知事、ペンシルバニア州ジョシュ・シャピロ知事、ノースカロライナ州ロイ・クーパー知事、ミシガン州のグレッチェン・ウィットマー知事らがハリス副大統領支持で結束したため、副大統領は党内でライバルを恐れる必要はなくなった。態度をまだ明らかにしていないのはオバマ元大統領ぐらいだ。

AP通信によると、ハリス副大統領は、民主党の大統領候補指名に必要な代議員の数を集めたという。AP通信の集計によると、ハリス氏は既に3936人の代議員のうち2214人を獲得しており、単純過半数を大きく上回っている。数週間で党大会が開催される。それまでにハリス副大統領以外、現時点では有力な候補者がいないことから、ハリス支持で最終的には党内が一致すると予想される。

ところで、トランプ氏はバイデン氏の撤退表明、ハリス支持を聞いて「ハリス副大統領はバイデン氏より勝利しやすい」と吐露したという。しかし、実際はバイデン氏よりハリス副大統領との戦いがトランプ氏にとっても厳しいのではないか。トランプ氏もそれを直感しているから「ハリス副大統領、戦いやすい相手」と支持者に向けて強気の発言を飛ばしたのではないか。

まず、ハリス氏は59歳とまだ若い。そして米国の歴史で初の女性、初の南米系及び南アジア系アメリカ人の副大統領となった。その前には2010年にカリフォルニア州司法長官に選出されている。TV討論会ではバイデン氏の時のようにはいかないだろう。むしろ、トランプ氏自身がファクトを重視する討論で守勢に追い込まれるかもしれない。母親はインド出身の生物学者シャマラ・ゴパラン、父親はジャマイカ出身の経済学者ドナルド・ハリス氏だ。本人はハワード大学で政治学と経済学を専攻し、カリフォルニア大学のイスティングズ法科大学院で法務博士(J.D.)を取得している。知的レベルではトランプ氏の守勢は明らかだ。ちなみに、ハリス氏は選挙運動では、①中絶の権利、②厳しい銃規制、③中産階級の強化の3点に重点を置くと述べている。

ハリス副大統領にも多くの弱点もある。米国は現在、インフレ急騰と移民問題を抱えている。トランプ氏はバイデン政権下で移民問題を担当したハリス副大統領の失政への責任を追及できる。民主党内の左派に属するハリス氏は堕胎や性的少数派(LGTB)の権利を積極的に擁護しているから、トランプ氏は保守派の立場から攻撃できる。もちろん、ハリス氏は防戦だけではなく、トランプ氏を攻撃してくるだろう。数件の訴訟を抱えるトランプ氏に対し、州司法長官でもあったハリス氏はトランプ氏の法的問題をより厳しく追及できるはずだ。

トランプ氏の副大統領候補であるJ.D.バンス氏は、ハリス氏を「バイデン氏よりも百万倍悪い」と評し、「ハリス氏は現職の政策にも責任がある」と主張している。

いずれにしても、トランプ氏の暗殺未遂事件の余波が薄まり、本戦までトランプ対ハリスの本格的な戦いが予想される。それも短期決戦だ。ハリス氏がトランプ氏に勝てるかどうかは不明だが、多くの民主党員は、共和党が米国議会の両院を支配するのを防ぐことを期待している。11月の選挙では、下院全議席と上院の約3分の1の議席が改選される。

参考までに、ハリス副大統領はバプテスト派のキリスト教徒、トランプ前大統領はプロテスタントの一派である長老派教会(Presbyterian Church)に所属している。米国の大統領選では宗教票の行方も注目される(「米大統領選の行方を握る‘宗教票’」2024年4月17日参考)。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2024年7月24日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。