紛争地域で活発化する中国「調停外交」

バイデン米政権は、2021年8月末、アフガンから米軍を撤退させたのを皮切りに海外での米国の外交プレゼンスを弱体させてきた。その隙間をついて中国共産党政権は紛争地域での調停外交を活発化し、特に、中東での存在感を高めてきた。

王毅外相とパレスチナの14グループ代表との記念写真(2024年7月23日、中国政府外交部公式サイトから)

ロシアが2022年2月、ウクライナに侵攻して以来、欧米諸国はロシアに対して経済制裁などを実施し、プーチン大統領の野望阻止に全力を投入してきたが、戦争は2年半が経過した今も停戦の見通しは見えない。ロシアと同盟関係の中国はウクライナ戦争の調停役を演じ、キーウとモスクワ間の停戦を呼び掛けている(「中国発『ウクライナ和平案』12項目」2023年2月25日参考)。

ウクライナ側は中国がロシアに先端軍事技術を供与するなどモスクワを軍事支援していることは知っているが、ロシアの軍事侵略を阻止するためには中国の関与が不可欠となってきた。そこでウクライナのクレバ外相は24日、訪中し玉毅外相と初めて対面会談したばかりだ。

クレバ外相の訪中は中国の調停外交の成果として、北京では報じられた。中国側の報道によると、王外相はウクライナ側にロシアとの政治的解決を助言したという。中国はウクライナ側の厳しい状況を利用し、ウクライナ戦争での調停役を演じているわけだ。

それだけではない。中国は23日、イスラエルとパレスチナ自治区ガザで戦闘中のハマス(イスラム過激派テロ組織)を含む14のパレスチナグループの代表を北京に招待し、イスラエルとハマスとの戦争の早期停戦を協議すると共に、パレスチナ民族の分裂を回避し、統合を促進させる内容を明記した「北京宣言」の署名式を行っている。特に、ガザを実効支配してきた「ハマス」とヨルダン川西岸のパレスチナ自治政府を主導するPLO主流派「ファタハ」が中国の後押しを受け、パレスチナの統合政府を樹立することで一致した。これは中国の中東外交の勝利として受け取られている。

ちなみに、ハマスとファタハがパレスチナで統合政府の設置で一致したというニュースに対し、「ハマスの壊滅」を掲げるイスラエル側は「ハマスが参画した如何なるパレスチナ政府も容認しない」と強い反発の声が聞かれる。

なお、中国はイスラエルとの関係を損なわないために、イスラエルの軍事攻勢に対して直接の批判を避けている。中国はハマスの昨年10月7日のイスラエル奇襲テロに対してハマスを批判することは同じように避けてきた。中国は、ハマスをイスラエルや米国が主張するような「テロ組織」ではなく、民族解放運動と受け取っている。

ところで、中国の中東外交で世界を驚かせたのは、イスラム教のライバル、スンニ派の盟主サウジアラビアとシーア派の代表イランの宿敵関係を接近させ、関係正常化の路線を開いたことだ。

サウジにはイランが中東の覇権を奪い、ペルシャ湾から紅海までその勢力圏に入れるのではないか、という不安が強かった。サウジのムハンマド皇太子は米紙ニューヨーク・タイムズとのインタビューの中でイランへの融和政策の危険性を警告し、イランの精神的指導者ハメネイ師を「中東の新しいヒトラー」と酷評した。そのサウジは当時、イスラエルに急接近していった。両国の“共通の敵”イランの存在があったからだ(「サウジとイスラエルが急接近」2017年11月26日参考)。

しかし、サウジとイスラエル両国の関係改善が遅々として進まない中、サウジは中国の仲介を受けて宿敵イランとの関係正常化に乗り出してきた。両国は2023年3月、両国関係の正常化で合意したが、その背後には中国の仲介が大きく関与している。サウジとイランの関係改善は中東地域における地政学上の大きな変化をもたらした。同時に、中国は中東地域での存在感を急速に高める契機となった。

サウジ・イラン両国合意は、一般的にはイスラム世界にとってグッドニュースだが、イスラエルは「深刻で危険な動き」と受け取られている。イランの核開発計画を阻止するためにサウジやエジプトなどスンニ派諸国と「反イラン包囲網」を構築してきたイスラエルにとっては大きな外交的後退となったからだ。

以上、中国は米国が世界の警察国家の役割から降りて以降、「一帯一路」構想で大経済・貿易網を構築する一方、中東外交、ウクライナ戦争の調停役など、外交では着実にその覇権主義を広げている。次期米大統領が誰になるとしても、米国は民主国家の代表として中国共産党独裁国家の調停外交にフリーハンドを与えてはならない。

参考までに、訪米中のネタニヤフ首相は24日、米議会で演説し、「ガザの戦争はイスラエルの戦争だけではなく、米国の戦争でもある」と主張し、米国の中東での役割を喚起させた。なお、議会演説ではハリス副大統領は選挙集会のため欠席したほか、約50人の民主党議員はイスラエルのガザへの軍事攻勢への批判から、ネタニヤフ首相の演説をボイコットした。米政界はイスラエル政策で分裂していることが改めて明らかになった。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2024年7月27日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。