国連都市ウィーンの実績乏しい核外交

米軍が6日、広島、9日に長崎に原子爆弾を投下して79年目を迎えた。広島市では岸田文雄首相を迎え記念式典が挙行された。「過ちを繰り返しません」と刻み込まれた慰霊碑の前で多くの人々が祈りを捧げている写真が配信されてきた。国連の外交舞台では、核兵器禁止条約(Treaty on Prohibition of Nuclear Weapons=TPNW)、「兵器用核分裂性物質生産禁止条約(FMCT)などの核関連条約の外交交渉が進められている。一方、国際原子力機関(IAEA)の本部と包括的核実験禁止条約機関(CTBTO)準備委員会事務局があるウィーンは「世界の核問題の中心拠点」と豪語してきた。

ウィーンの国連都市の全景 Wikipediaより

冷戦時代の終焉後、ジョージ・W・ブッシュ米大統領時代の国務長官だったコリン・パウエル氏は、「使用できない武器をいくら保有していても意味がない」と主張し、「核兵器保有」の無意味論を展開したが、ウクライナ戦争を契機として、ロシアは「使用できない武器」といわれてきた核兵器の使用を示唆する一方、新たに核兵器に触手を伸ばす国が出てきた。

21世紀の現代の世界情勢をみると、ひょっとしたら核兵器が使用されるのではないか、といった不安を感じるようになってきた。ウクライナ戦争は既に2年半を経過、その間、ロシアのプーチン大統領は核兵器の使用を示唆し、核兵器の実践訓練を実施している。一方、イランはIAEAの査察を拒否し、核兵器の製造モードに入ってきている。ウクライナ戦争に対峙する欧州では核の独自の抑止力の構築を求める声が飛び出してきた、といった具合だ(「『核兵器なき世界』の本気度は」2023年5月21日参考)。

ちなみに、核兵器を保有する国は、米国、ロシア、中国、英国、フランス、インド、パキスタン、イスラエル、北朝鮮の9カ国だが、イランは10番目に核保有国となる可能性が出てきたと予想されている。

ところで、ウィーンにはドナウ川沿いに近代的な国連都市があるが、そこにはIAEAの本部とCTBTO準備委員会事務局がある。IAEAは1957年7月29日に核エネルギーの平和的利用の促進を目的として創設された自治機関だ。CTBTOは核物質の爆発を監視し、核実験の疑いがある場合、現地査察を実行するなど、核実験の禁止を目的とする機関だ。

ただし、IAEAとCTBTOの現状を振り返ると、核の監視拠点としての実績は乏しい。もう少し厳密にいうと、IAEAは過去、北朝鮮の核開発を阻止できず、イランでもテヘランの核開発計画をストップできない状況だ。

IAEAは1992年1月末、北朝鮮との間で核保障措置協定を締結し、1994年、米朝核合意が実現したが、ウラン濃縮開発疑惑が浮上し、北は2002年12月、IAEA査察員を国外退去させ、翌年、核拡散防止条約(NPT)とIAEAから脱退。06年、6カ国協議の共同合意に基づいて、北の核施設への「初期段階の措置」が承認され、IAEAは再び北朝鮮の核施設の監視を再開したが、北は09年4月、IAEA査察官を国外追放。それ以降、IAEAは北の核関連施設へのアクセスを完全に失い、現在に至っている。

イランの場合、国連5か国の常任理事国にドイツを加え、イランの核問題で2015年、核合意が締結されたが、トランプ大統領(当時)が2018年5月、「イラン核合意」から米国の離脱を発表したことから、核合意の内容は実行が難しくなり、現状では核合意の再建の見通しはない。

一方、CTBTOの場合、1996年9月の国連総会で核物質の爆発を禁止する条約の署名、批准が始められたが、条約発効に必要な要件(条約第14条=核開発能力所有国の44カ国の署名・批准)を満たしていないため、条約は28年経っても依然発効していない。ただし、米英仏露中の5カ国は核実験のモラトリアム(一時停止)を遵守してきた。

CTBTOのフロイド事務局長は今年3月の国連の会合で「今日の不確実な地政学的状況は3年前よりさらに複雑となってきた」と正直に語っている。ロシアはCTBT条約から離脱し、中国は同国西部新疆ウイグル自治区にある核実験地を再改修、拡大している。中国の習近平国家主席が2013年に就任して以来、人民解放軍が核兵器の強化と増加に乗り出している。

要するに、「世界の核問題の拠点」ウィーンの外交実績は残念ながら乏しいのだ。‘会議は踊る’と揶揄されてきたウィーン外交の名誉回復は実現されていない。ウィーンのために弁明するならば、核問題は世界の強国の利害が直接ぶつかるテーマだけに、外交的成果を挙げることは非常に難しい。ワルツを踊っている時間などもちろんないのだ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2024年8月7日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。