ハリス/ウォルズの「honey moon」は投票日まで続かない

カマラ・ハリスはランニングメイト(VP候補)にミネソタ州知事ティム・ウォルズ(60歳)を選んだ。筆者はペンシルベニア州知事のジョシュ・シャピロがVP候補になると周囲に公言していたので、ベン・カーソンを押したトランプのVP候補と同様にまた予想を外してしまった。が、各メディアもウォルズの選択は意外だったらしいから、素人予想が外れるのも仕方あるまい。

トランプがテロ未遂の直後に見せた「団結」ムードは党大会の受諾演説前半までのことで、7月25日のノースカロライナ演説ではハリスをバーニー・サンダースより更に左の「Radical Left Lunatic(極左の狂人)」と激しく攻撃した。ハリス/ウォルズには「これは、直ぐにでもこの国が共産化するのを望む候補一覧だ(This is a ticket that would want this country to go communist immediately, if not sooner.)」と難じている。

民主党公式SNSより

なぜハリスが本命のシャピロではなくウォルズを選んだのか様々な憶測がある。筆者は2期目に敵になる可能性の低い人物を選んだのだと思う。これは3期目のないトランプとの大きな相違点で、有能なシャピロには、無能が枕詞の一つであるハリスの影を薄くするポテンシャルがある。シャピロがユダヤ人であることが親ハマスの多い彼女の支持者にとってマイナスなのは、ハリスの夫もユダヤ人であることを考えれば理由としては二義的だ。事実、ウォルツは大統領への野心のないことをハリスに誓った。

これで両党の正副候補が出揃った。銃撃事件で盛り上がったトランプ陣営だったが、このところの世論調査ではバイデン降ろしで一気に「honey moon」に突入したハリス陣営を好感する結果が出ている。が、これから投票日までの80日がどちらに有利な期間かと言えば、それは9月半ばに出される予定の「口止め料裁判」の量刑だけが唯一の懸念材料であるトランプ陣営に有利である。

なぜなら、この期間に億単位のドルが投入されるTVCM合戦で「掘られる」悪材料の質と量は、ハリス/ウォルズ陣営の方に圧倒的に多いからだ。つまり、トランプの悪材料はこの7年半でほぼ出尽くした。ヴァンスのそれも「childless cat ladies(子供のいない猫好き女性)」なる切り取り発言程度のことしか出て来ていない。

一方、ハリス批判の材料はカリフォルニアの司法長官⇒上院議員⇒バイデン政権VPの期間を通して、「国境担当皇帝」を筆頭にうんざりするほどあるし、ウォルツ批判の方もVP選出からほんの1週間しか経たないのに山ほど出てきている。それらは州兵時代のもの、下院議員時代のもの、そしてミネソタ州知事としてのものに大別できる。その一部をメディア報道から以下に拾ってみると・・・

先ずは州兵時代の階級詐称とイラク派遣回避の疑惑。07年に下院議長に当選した際にナンシー・ペロシが民主党新人議員と行った記者会見で、ペロシはウォルズを「“戦場で(on the battlefield)”国家に奉仕した退役“指令上級曹長(command sergeant major)”の州兵と表現していた。これを保守メディア『Washington Free Beacon(WFB)』が『C-SPAN』(中道ケーブルTV)が撮影したその時の画像を発掘して掲載している。

これにミネソタ州兵の広報官は7日、保守メディア『ジャスト・ザ・ニュース』に、ウォルズはミネソタ州の公式サイトで述べられている「指令上級曹長」として05年に退役したのではなく、「米陸軍曹長アカデミーで追加課程を修了しなかったため」に規定によって降格され、曹長(master sergeant)として退役したと語った。

翌8日、ハリス陣営はこの論争を受けてウォルツの経歴を、「退役した指令上級曹長」とされていたが現在は上級曹長の階級で勤務していたと記載を修正した。が、少なくともこの20年近くは虚偽の階級が記載されていた。上述の『WFB』は、ウォルツが議員時代に下院退役軍人問題委員会での演説や少なくとも6回の公聴会で、自分は「指令上級曹長」の階級であると主張していたことを報じている。

更に、ペロシ発言にある「“戦場で(on the battlefield)”国家に奉仕した」ことについても疑問符が付けられている。ウォルズの部隊は05年初頭までに、イラク派遣の命令を受けていたにも関わらず。ウォルツは05年5月、「部隊が戦争の準備をしている最中に辞職した」というのである。ハリスのVP候補になったため、彼が18年に知事選に出馬した際に起きたこの問題が再燃した格好だ。

07年のペロシ発言の画像が「掘られた」以上、階級詐称のこともイラク派遣回避のこともウォルズが、その時点かあるいはその後の議員時代に訂正しなかったことを、共和党が牛耳る下院諸委員会が投票までの80日の間に公聴会を開いて追及すると考えて先ず間違いない。

高校教師やフットボールコーチとしてのキャリア、そして田舎の好々爺然とした外貌から、一見穏健そうに見えながら、ミネソタ州知事としての政策が、バーニー・サンダースをも凌ぐほど強固な進歩主義者であることを裏付けていることも報じられている。幾つか事例を挙げれば・・・

  • ミネソタ州の最大都市ミネアポリスで20年5月に起きたフロイド事件の際、州兵は招集したが連邦政府からの資金援助を固辞し、暴動を悪化させた。
  • 中絶へのアクセスを保証する法律を支持し、労働組合を支援し、厳格な銃規制法を支持し、不法移民に運転免許証を発行した。
  • 他の州から来る未成年者を含む者に対する性別適合手術と治療を保護するための行政命令を制定した。

教育レベルの低下も著しく、同州教育省に拠ると彼が知事に就任した翌19年と23年の生徒を比較すると、読解力が59.2%から49.9%に、数学の理解力が55%から45.5%に、各々10%ポイント低下した。 また21~22年度に生徒の30%が慢性的に欠席し、19年度の14%から倍増した。加えて州は「民族学」の要素を義務付ける社会科基準に改訂したが、識者は生徒が過激な世界観を持つ懸念を指摘する。急進派社会科教師だったウォルズの面目躍如だろうか。

このpoorな教育方針のせいか、『WFB』の別記事は、最新の国勢調査で20年4月から23年7月までの間に約4万6000人が同州を離れたことを報じている。記事は、流出原因は明らかではないが、同州では増税、支出増加その他の進歩的な取り組み、そして暴力犯罪急増と学力低下があるとしている。

同記事はまた、米国税庁の移民データでも約4万1500人のミネソタ州民が、東隣のウィスコンシンやフロリダ、テキサス、ノースダコタなどに移住して税収50億ドルを失ったことや、共和党知事のテキサスやフロリダは低税率だが、ウォルズ知事は所得税、売上税、ガソリン税などを増税する一方、世帯収入8万ドル以下の学生の大学無償化などの進歩的なプログラムに資金を提供してきたことを報じている。

なるほどバイデンが右に思えるほどの急進左派振りで、カリフォルニア州などとも通底するが、だからこそハリスがウォルズと意気投合したのだろう。だが11月の勝敗の帰趨は、偏にウィスコンシン、ミシガン、ペンシルベニア、ジョージア、ノースカロライナ、アリゾナ、ネバダの接戦州7州のそれぞれの数万票を取れるか否かにかかっているからだ。つまり、全米単位の世論調査結果は意味がない。

日本では岩盤保守3割vs岩盤革新1割と言われるが、米国では共和党支持・民主党支持というより親トランプ4割vs反トランプ4割であって、残り2割の浮動票うちの接戦7州のそれがどちらに転ぶかで勝敗が決まる。つまり、トランプ以外の配役がハリスであるかウォルズであるかヴァンスであるかは、接戦7州の2割の浮動票にどう影響するかのみがポイントとなる。

その意味では、ハリス陣営はウォルズの進歩主義への批判は織り込み済みだった。が、軍歴詐称とイラク派遣回避の件は、トランプへの好悪を越えて米国民に影響を与え得る問題だ。国を守る自衛隊が残念ながら余り重んじられない日本と、アフガン撤退の不始末で犠牲になった米兵の出迎えで、腕時計を見たバイデンが散々批判された米国とは、軍人に対する尊敬の度合いに雲泥の差があるからだ。

最後にハリス陣営の懸念材料をもう二つ挙げる。一つは大統領選の日に行われる上下両院選の民主党予備選で、マイノリティの党内極左グループ「スクワッド」のジャマール・ボウマン(ニューヨーク州)とコリ・ブッシュ(ミズーリ州)が穏健派候補に破れたこと。メンバーの一人イルハン・オマールはウォルズ知事のミネソタ州選出だ。世論調査とは裏腹に、民主党内にすら極左に対する拒否感が現れつつあるのではなかろうか。

二つ目はハリス/ウォルズの外交だ。目下の米国の最重要案件は中東問題なのに、ハリスは先に行われたネタニヤフ首相の議会演説には出ず、演説後の会談でも塩対応だった。トランプには1期目4年間の実績があるが、ハリス/ウォルズが外国要人と渡り合う図はまるで想像できない。この辺りも内政・経済同様、今後80日間の遊説・討論会やインタビュー、TVCMで彼我の差が鮮明になって行くことだろう。