懐かしい海外ドラマをYouTubeの日本語字幕で観るのが娯楽の一つになっている。中でも30年以上前の法廷ドラマ『Matlock』は、いつもグレーのスーツを纏ったこの弁護士の飄々としているようで熱い弁護振りが気に入っている。先般は『ペリー・メイスン』で検事を演じた男優が犯人役で出ていた。
ある時、裁判所のファサードに「FULTON COUNTY COURT HOUSE」とあるのに気付いた。ドラマはフルトン郡アトランタが舞台だった。フルトン郡といえば、トランプ訴訟の一つで、例のアフリカ系女性地方検事ファニ・ウィリスのスキャンダルで有名になったジョージア州最大の郡である。
ドラマの法廷は無論セットだろうから、ウィリスと愛人のアフリカ系男性検察官ネイサン・ウェイドの聴聞が行われた法廷ではない。が、マトロックが証言席の犯人を巧みに追い込んだ後に、陪審員が「not guilty」と宣言するシーンを見るたび、米国の陪審員裁判の怖い一面をつい想像してしまう。
というのも、トランプの刑事訴訟4件のうち、ウィリスの事件以外の3件、すなわち、ジャック・スミス特別検察官による「J6」と「機密文書持ち出し」はワシントン特別区(DC)で、またアルビン・ブラッグ検事による「不倫口止め」はニューヨーク(NY)州で、各々連邦法で裁かれる陪審員裁判になるからだ(民事の「NY詐欺事件」は陪審員裁判ではない)。
DCもNY市も、トランプが過去2度の大統領選挙の得票率でヒラリーとバイデンの1〜2割しか取れなかった、超反トランプ都市である。そこから選ばれる陪審員の政治信条が選挙の得票率とかけ離れているはずがない。トランプが、公平と思われる他の地域での裁判を望むのも至極当然だ。
トランプ支持層は大学を出ていない郊外に住む白人男性だ。一方、反トランプ層はDCやNYを典型とする都市部在住の高学歴の白人である。ここ最近は、これまで民主党支持の黒人やヒスパニックなどマイノリティがトランプ支持に移行している。バイデンが放置して1千万人も増えた不法移民のために職を脅かされているからだ。
だが、そのマイノリティの法曹を武器化の先兵とすることで、バイデン政権はトランプ潰しを進めている。被害者のいない「NY詐欺事件」で5億数千万ドルという法外な罰金をトランプらに科した州司法長官レティシア・ジェームズも、頻繁に人種カードを使うウィリスも民主党のアフリカ系女性だ。
数百人のトランプ支持者を入獄させている「J6事件」担当のタニヤ・チュトカンは、インド系ジャマイカ人とアフリカ系ジャマイカ人を父母に持つ、オバマが指名したDC地方裁判事だ。またNY州でトランプを「不倫口止め」で起訴したブラッグ検事はアフリカ系、これを裁くファン・メルチャン州最高裁判事はコロンビア系である。
これら法曹は須らく反トランプであり、彼を有罪にしようと躍起だが、バイデンを耄碌しているからと不起訴にしたロバート・ハー特別検察官は韓国系の共和党員だ。前述したジャック・スミスも、ハーと同じくバイデン政権のガーランド司法長官に任命された特別検察官だが、この白人男性は反トランプだが政党色はないようだ。
また、フルトン郡の事件を判決したスコット・マカフィー郡上級裁判事は共和党のケンプ知事に任命された白人であり、「NY詐欺事件」で巨額罰金を判決した州最高裁判事エンゴロンは白人の民主党員だ。トランプが機密書類を保管していたマールアラゴの所在するフロリダ州南部地区連邦地方裁の女性判事アイリーン・キャノンはキューバ系を母に白人米人を父に持ち、トランプに指名された。
当然ながら、これらの法曹は、反トランプに傾けばトランプ陣営や右派メディアに批判され、トランプ擁護や反バイデンに動けばバイデン陣営や主要メディアから攻撃される。が、縷説した様に米国の法曹は、選挙で選ばれる検察官は元より、大統領や知事に指名される裁判官の多くにも党派性が出る。
目下は、機密文書持ち出し事件で公平な判断を下しているキャノン判事が反トランプ陣営から攻撃され、メルシャン判事は娘が経営するコンサル会社が、トランプ弾劾に失敗した民主党アダム・シフ議員から60万ドルで仕事を請け負っていたとして、トランプ陣営に糾弾されている。
ここで忘れてならないのは、レティシア・ジェームズやファニ・ウィリスに見られるように、特に選挙で選ばれる検事には極めて強い上昇志向の持ち主が多く、州の議員や知事、あるいは連邦議員を狙う者が少なくないことだ。この辺りは日本の法曹界に籍を置く人々とはだいぶ毛色が違う。
19年に「リフレクティブ・デモクラシー・キャンペーン」なる民主主義を標榜する団体が行った調査に拠ると、選挙で選ばれた米国の検事のうちマイノリティは5%だったが、現在のニューヨーク、シカゴ、ダラス、デトロイトなど最大規模の検察庁の一部では黒人の男女が指揮を執っているという。
こうした現状に、ヘリテージ財団の「プロジェクト2025」は次期トランプ政権が、「積極的差別」と呼ぶものを終わらせることを構想しているとし、トランプ陣営幹部も「トランプ大統領は連邦政府全体から差別的プログラムや人種差別的イデオロギーの根絶に尽力する」と述べている(4月1日の「Axios」)。
同記事はまた、トランプの政治家としてのキャリアは、09年に大統領に就任したバラク・オバマの大統領資格を疑問視する「Birther-agitator※」のチーフとして本格的に始まったとしている(※バラク・オバマは米国生まれではないので、米国大統領になる資格がない考える人)。
バイデン政権が第3次オバマ政権であるとの論があり、また次期大統領選の民主党候補にミシェル・オバマが土壇場で登場し、第4次オバマ政権が出現するとの憶測もある。今日の米国分断の淵源は、トランプ大統領の出現によってではなく、やはりオバマ大統領の誕生にあるように思う。
議会でも、バイデン政権で強い影響力を持つのは「The Squad」というグループの下院民主党急進左翼だ。プエルトリコ系のアレクサンドリア・オカシオ=コルテス、ソマリア系のイルハン・オマル、アフリカ系のアヤンナ・プレスリー、パレスチナ系のラシダ・トレイブの女性4人で構成され、更に4人加わっている。
裁判も、1時間以内に終わる『Matlock』や『ペリー・メイスン』を娯楽として観る分には気楽だが、先鋭化したマイノリティ法曹が世界随一の超大国を分断する様子を年単位で見るのでは気が滅入る。