日銀に「市場との対話」を促すことの虚しさ

市場にサプライズするのは日銀

植田・日銀総裁は23日、国会の閉会中審査に出席し、「市場は引き続き不安定な状況で、極めて高い緊張感を持って注視する」と述べました。「高い緊張感」は言わずもがなの表現で、ほとんど意味がない。日銀は常時「高い緊張感」を持っていてくれなければ困るのです。日銀は異次元緩和の「負の遺産」で身動きが取れず、そうでもいうしかないのでしょう。

黒田・前総裁は「市場に衝撃を与えるバズーカ砲」「市場をサプライズに陥れるショック療法」で有名になりました。最近は、どうやら日銀が市場の反応にサプライズする側に回ってしまったようです。7月末に利上げ(0.25%)したところ、株価が暴落し、内田副総裁が「金融資本市場が不安定な状況で、利上げすることはない」と述べ、沈静化を図りました。

黒田前総裁と植田総裁 日本銀行HPより

その直前に植田総裁が、今後も利上げに積極的な姿勢を示したのを、副総裁が金融政策決定会合の決定を独断で打ち消すという乱暴な発言です。もっとも総裁とも相談の上の発言でしょう。それにしても合議制で政策を決めるという慣行をスキップした不規則発言でした。日銀が市場の反応(株価暴落)にサプライズし、慌てふためいた結果です。

副総裁の発言に対し、植田総裁は「内田氏の発言は適切だった。金融緩和の度合い土台をだんだん調整していくという基本的な姿勢にかわりはない」と、辻褄は合わせました。それにしても実体経済が急激に悪化したことによる暴落ではないのですから、内田氏の発言は無用でした。ゼロ金利政策、金利抑圧政策を10年以上も続けているうちに、市場の反応をみる感覚を失ってしまったに違いない。

国会審議では、公明党の議員が「市場との対話が不十分だったという指摘がある」とただし、植田氏は「市場とも丁寧にコミュニケーションを取る」と、答えました。市場にサプライズを与える異次元緩和を10年、続けた日銀に市場と対話をする十分な能力はあるのでしょうか。

黒田・前総裁は「消費者物価2%、2年、通貨供給量2倍」を目標に掲げたのに、いつまで経っても実現しませんでした。物価が上がりだしたのは、コロナ危機、ウクライナ危機による供給網の断絶、原油価格の高騰、円安による輸入物価の上昇という外的要因のためです。国内要因に絞った「2%、2年、2倍」という黒田方程式は空回りを続けてきました。

日銀にとって、思い寄らない要因で消費者物価が上がりだしたことは、日銀の「市場を見る目」の衰えを示しています。そのような日銀に「市場との対話」を求めても虚しいのです。物価が「黒田方程式」のようにならない。「市場を見る目」が狂っているのです。

新聞の社説はどれも、日銀に「市場との対話」を求めています。もちろん対話を通じて、異次元金融緩和・財政膨張策という乱暴な政策から軟着陸に成功することを祈ります。問題は、金融統制を続けてきた日銀にそのような能力があるかどうかなのです。

「日銀は市場との対話を丁寧に/丹念な分析で政策変更の時期を判断してもらいたい」(読売、24日)は、もっともらしい主張ではあっても、今の日銀には難しい注文でしょう。社説ならそのことに触れてほしい。「日銀と市場との対話は本当に十分だったといえるのか」(日経、10日)も同様です。「こういう時代だからこそ、市場関係者は自らの判断力を磨け」というべきです。

「金融市場の波乱/丁寧に説明し、不透明感を払って欲しい」(朝日、7日)、「市場の警鐘に耳を傾けたい/市場に目配りした手綱さばきが求められる」(毎日、8日)も同じです。このような主張に終始する社説から卒業してほしい。


編集部より:このブログは「新聞記者OBが書くニュース物語 中村仁のブログ」2024年8月24日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、中村氏のブログをご覧ください。