ウクライナ、ロシア寄り正教会を禁止

ウクライナのゼレンスキー大統領は24日、国内のモスクワ寄りのウクライナ正教会(UOK)の禁止に関連する文書に署名した。同大統領は「これによってウクライナ正教会はモスクワへの依存から守られる。独立している国は精神的にも独立しているべきだ。キーウのメトロポリタンであるオヌフリイ府主教が率いる教会は、ロシア正教会との関係を解消しておらず、ロシアの侵略戦争においてウクライナ内でモスクワの影響力を行使する手段となっている」と指摘している。それ先立ち、ウクライナ議会は今月20日、圧倒的多数でモスクワ総主教庁と関連するUOKを禁止する法案を可決している。

ウクライナ独立33周年の祝賀行事に参加したゼレンスキー大統領(2024年8月24日、ウクライナ大統領府公式サイトから)

ただし、法律が施行されてから最短で9カ月後に、裁判所は個々の教区や他の宗教組織がロシアとつながりがあるかどうかを申請に基づいて審査し、場合によってはそれらを禁止することができる。UOK全体は法人格を持たないため、単一の裁判で完全に解散させることはできないという。キーウ政府は、コンスタンティノープルの全地総主教バルトロメオス1世の支援を受けて、5年以上前に設立されたウクライナ正教会(OKU)を支持している。最新の調査によれば、OKUの教会を信仰している国民はUOKよりもはるかに多いという。

ウクライナ側の今回の決定に対し、UOK側は「教会は2022年5月にモスクワ総主教庁からの独立を宣言している」として、モスクワ寄りという非難を否定している。UOKのスポークスマンは「新しい法律は憲法違反であり、ウクライナが欧州連合(EU)に加盟するために遵守しなければならないいくつかの国際協定にも反している」と批判している。

また、セルビア正教会のポルフィリイェ総主教は23日、「キーウの立法者がウクライナ正教会(UOK)を禁止しようとしていることに大きな憤りを感じる」と表明する一方、UOKの首長であるメトロポリタン・オヌフリイ府主教への手紙の中で、姉妹教会に対する支援を約束している。ポルフィリイェ総主教は、セルビア教会の活動が第二次世界大戦中に露骨な全体主義の傀儡政権によって禁止され、迫害された経験に言及し、「ウクライナの姉妹教会は、自国民から成るいわゆる民主的な政府によって迫害されており、そのために状況は難しく、比較にならないほど不条理だ」と述べ、キーウ政府に決定の撤回を求めている。

キーウ政府は、UOKがロシアと共謀し、同国の宣伝を行っていると非難してきた。UOKは何十年にもわたりクレムリンに忠実なモスクワ総主教庁の傘下にあって、その関係を今も断ち切っていない。UOKはこれらの非難を一貫して否定してきたが、いくつかの裁判所では、一部の聖職者がロシアの情報機関にウクライナ軍の配置を漏らした罪で有罪判決を受け、刑務所に送られている。

ウクライナ正教会は本来、ソ連共産党政権時代からロシア正教会の管轄下にあった。同国にはウクライナ正教会と少数派の独立正教会があったが、ペトロ・ポロシェンコ前大統領(在任2014年~19年)の強い支持もあって、2018年12月、ウクライナ正教会がロシア正教会から離脱し、独立した。その後、ウクライナ正教会と独立正教会が統合して現在の「ウクライナ正教会」(OKU)が誕生した。ただし、活動を禁止されたウクライナ正教会(UOK)はモスクワ総主教のキリル1世を依然支持していた。

そのUOKも2022年5月27日、モスクワ総主教区から独立を表明した。UOKの聖職者、宗教家、一般市民が出席した全国評議会は「ウクライナ正教会の完全な自治と独立を表明する」教会法の改正を採択し、モスクワ総主教区傘下からの離脱を宣言した。その理由は「人を殺してはならないという教えを無視し、ウクライナ戦争を支援するモスクワ総主教のキリル1世の下にいることは出来ない」と説明している。その結果、ロシア正教会は332年間管轄してきたウクライナ正教会を完全に失い、世界の正教会での影響力は低下、モスクワ総主教にとって大きな痛手となった。

ちなみに、キリル1世のウクライナ戦争への立場は明確だ。キリル1世はプーチン大統領のウクライナ戦争を「形而上学的な闘争」と位置づけ、ロシア側を「善」として退廃文化の欧米側を「悪」とし、「善の悪への戦い」と解説する。キリル総主教は2009年にモスクワ総主教に就任して以来、一貫してプーチン氏を支持してきた。

キリル1世はウクライナとロシアが教会法に基づいて連携していると主張し、ウクライナの首都キーウは“エルサレム”だという。「ロシア正教会はそこから誕生したのだから、その歴史的、精神的繋がりを捨て去ることはできない」と主張し、ロシアの敵対者を「悪の勢力」と呼び、ロシア兵士に闘うように呼び掛けてきた(「キリル1世の『ルースキー・ミール』」2022年4月25日参考)。

なお、ウクライナ正教会(モスクワ総主教庁系、UOK)の首座主教であるキーウのオヌフリイ府主教は2022年2月24日、ウクライナ国内の信者に向けたメッセージを発表し、ロシアのウクライナ侵攻を「悲劇」とし、「ロシア民族はもともと、キーウのドニエプル川周辺に起源を持つ同じ民族だ。われわれが互いに戦争をしていることは最大の恥」と指摘、創世記に記述されている、人類最初の殺人、兄カインによる弟アベルの殺害を引き合いに出し、両国間の戦争は「兄弟戦争(フラトリサイド)だ」と述べ、大きな反響を呼んだ。(「分裂と離脱が続くロシア正教会」2022年5月29日参考)。

モスクワのロシア正教会はキーウ政府のUOK禁止決定に対し、ウクライナの法律を激しく批判した。モスクワ総主教キリル1世が率いる聖シノドは「この法律が法治主義の原則に反し、多数派の宗教共同体を破壊することを合法化しようとしている」と主張している。

一方、フランシスコ教皇は25日のアンジェラスの祈りで、ウクライナでのモスクワに関連する正教会の国家による禁止に言及し、「祈りたいと思うすべての人を、その人が自分のものとする教会において自由に祈らせてください。お願いです、どのキリスト教会も直接的または間接的に禁止されるべきではありません。教会は侵すことのできない存在です」と述べている。

なお、ウクライナでローマに結びついた最大の教会であるウクライナ・グレコ・カトリック教会のシェフチュク大司教は23日、キーウ政府の新しい法律を擁護し、「ロシアがモスクワに関連するウクライナの教会を軍事化の道具として利用しているからだ」と説明している。

明確な点は、OKUもUOKもモスクワのウクライナ侵略については批判していることだ。両教会にはその共通点があるのだから、いがみあうのではなく、双方が助け合っていく道が最善だが、ウクライナは現在、戦時下にある。平時のようにはいかない。特に、旧共産党政権時代、ロシア正教会は共産党政権と癒着してきた歴史がある。それゆえに、モスクワ寄りという一点で警戒心が湧いてくることは理解できる。例えば、キリル1世はKGB出身であると久しく囁かれてきた。その意味から、キーウ当局のモスクワ寄りの正教会の禁止はやむを得ない処置といえるが、戦争が終焉し、和平が戻った時には今回の法は再検討されるべきだろう。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2024年8月28日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。