ソ連のアフガニスタン侵攻とロシアのウクライナ侵攻の違い

昨日、「3年前の「アフガニスタンの屈辱」とは何なのか」と題した記事を書いた。

3年前の「アフガニスタンの屈辱」とは何なのか
アメリカ軍が、アフガニスタンから完全撤退してから、この8月で3年目となる。アメリカの撤退が完了するよりも早く、アシュラフ・ガニ大統領の国外逃亡で、アフガニスタン共和国政府は瓦解した。大混乱の中で、カブール空港でイスラム国系の勢力による自爆テ...

トランプ氏にとってアフガニスタンとは、次のような物語の名前のことである。自分は「取引」を通じてアフガニスタンから無傷の撤退を実現するはずだった、しかしバイデン氏が邪魔をしたため、撤退は惨事になってしまった。このアフガニスタンの物語は、少なくともトランプ氏の支持者の頭の中では、現在のウクライナへのアメリカの関与の不吉な未来の予感と重なり合っている。

この物語は、日本ではあまり実感がないものかもしれない。むしろ一般には、ゼレンスキー大統領らウクライナ政府が好んで用いている物語にそって、ウクライナに関してアフガニスタンが参照されることが多いように思える。つまり、かつてソ連がアフガニスタンを侵略して疲弊して敗走したように、ロシアはウクライナを侵略したが疲弊して敗走する、という、ウクライナ政府が好む物語である。

ウクライナが、自国の社会文化から、ロシア的なものを排斥する方向に大きく傾いていることも、何度か書いた。ウクライナからロシア的なものを取り除く運動は、ソ連とロシアを同一視しつつ、その歴史からウクライナの痕跡を消し去る運動と、結びついている。

ウクライナ正教会(UOC)活動禁止で考える政教分離の原則と戦争のイデオロギー性
ウクライナのゼレンスキー大統領が、独立記念日の8月24日に、ロシア正教会と歴史的な結びつきを持つウクライナ正教会(UOC)の活動を禁止するための法律に署名をした。「9カ月以内にロシアとのつながりを絶たなければ」という猶予があるようだが、UO...

ウクライナ政府関係者が好む「ソ連がアフガニスタンを侵略して疲弊して敗走したように、ロシアはウクライナを侵略して疲弊して敗走する」という物語は、現在進行中の文化政策の流れとも合致するわけである。

だがこれは、何らかの妥当な洞察を含んだ物語だろうか。あらゆる軍事行動には敗北の可能性が内包されている、という一般論をこえて、何らかの意味があるだろうか。

この問いに答えるには、以下の諸点に関して検討をしなければならない。ロシアにとって、ウクライナが、アフガニスタンと違っている点である。

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第一に、介入の仕組みが違う。ロシアは、新たに併合した自国領土を確保するために戦争を継続している、という立場をとっている。クリミア及びウクライナ東部地域の分離独立運動を助け、遂には自国の法律にのっとって、国内的には併合したと言ってしまう措置をとってしまった。これは単なる外国領での軍事介入とは、やはり異なる。ソ連が、アフガニスタンを併合しようとした経緯はない。

第二に、関係の重要性の認識が違う。そもそもロシアが、クリミア及びウクライナ東部を併合するまでの立場をとったのも、ロシアにとって、ウクライナ、特にクリミア及び東部地域が、非常に重要だからだ。ソ連にとってのアフガニスタンの重要性とは、全く異なる。歴史的・文化的・人的つながりの度合いが違う、ということでもある。

9年間のソ連のアフガニスタン侵攻で、1万5千人のソ連兵の犠牲が出たとされる。ロシアは、わずか過去2年半の間で、少なく見積もっても6万人は死者を出しているとされる。それなのに止まる気配がない。これは、ロシアがそれだけ大きな関与をするに値する重要性をウクライナに見出していることを意味する。

第三に、事態の進展の様子が違う。ソ連のアフガニスタン侵攻は、アフガニスタン人の激しい反発を引き起こし、国土の全域で「ムジャヒディーン」と呼ばれた人々によるゲリラ戦の闘争を巻き起こした。

ウクライナのキーウにある中央政権を、ソ連侵攻中のムジャヒディーンの北部同盟軍と重ね合わせることも不可能ではないかもしれないが、かなり無理がある。むしろロシアの占領地において、目に見えた反ロシア運動が起きていないことにこそ、注意を払わなければならない。占領地の人々の反発心の表明がなければ、その占領体制を覆すことは、難しい。

逆に言えば、ウクライナ側から見れば、これらの条件を有利に転換させることができれば、状況は変わってくる。

第一に、ウクライナは、国際世論に、ロシアの占領・併合を違法かつ無効なものだと訴えている。これは2022年2月の全面侵攻後に141カ国の賛同を得る国連総会決議を勝ち取るなど、一定の外交的成果を出した。

残念ながら、今年は国連総会決議が回避されているように、その後はウクライナに有利な国際世論が広がっているとは言えない。それどころかアフリカのサヘル諸国が、ウクライナのマリにおける反政府勢力への支援を糾弾する、といった事件まで起こっている。これはウクライナが軍事的勝利による奪還だけを目指しているためでもある。

第二に、ロシアにとってのクリミアと東備地域の併合の重要性の認知を下げなければいけない。ウクライナでは、この重要性の問題を、ロシア人とウクライナ人は歴史的に全く別の存在だ、という言説で、受け止めようとしているように見える。

この傾向は、ウクライナ(キエフ公国)のほうが歴史が古い国だ、ウクライナ(キーウ)のほうが文化的に優れている(ウクライナの後ろ盾の西洋文明は卓越した文明だ)、ロシアは野蛮で邪悪な国だ、といったイデオロギー的言説に陥りがちであるようにも見える。残念ながら、これはロシアに、併合地域をロシアの領土として確保し続けるための対抗運動を続けることの重要性を、よりいっそう覚知させる結果をもたらしている。

第三に、ウクライナが戦争に勝ちたいのであれば、ロシア国内と占領地の反政府運動を支援したり、厭戦気分を盛り上げたりすることが重要だ。クルスク州の人口6千人の町スジャを占領して死守するために合理性に欠けた多大な犠牲を払う覚悟を定めることが、それであるとは思えない。

かつて日露戦争中に日本が革命勢力を支援したように、むしろロシア国内あるいは占領地の内発的な運動を促進しなければならない。ウクライナ軍がスジャを占拠することによって、ロシア人がウクライナ軍に恐怖することだけでも、起こりそうにないが、さらには自国政府を倒して戦争を終わりにしたくなるようになるとは思えない。実際に、過去3週間、その様子は全くない。普通に考えれば、外国軍の占領を、ウクライナ人も、アフガニスタン人も、そしてロシア人も、憎むだけだ。