2024年8月4日(日)かねてから訪ねてみたかった福井県年縞博物館にやっといくことができました。仕事で訪れた大阪から日帰りでの訪問となりました。
福井県年縞博物館は、福井県三方上中郡若狭町にある地誌学および考古学の博物館で、三方五湖の一つである水月湖の湖底で発見された7万年に及ぶ年縞に関する展示・研究を行っています。特別館長は、『メタルカラーの時代』で有名なジャーナリストの山根一眞(やまね かずま)さんです。
そして本建物は、2020年に日本建設業連合会主催の第61回BCS賞の一つに選ばれているそうです。 なぜ僕がこの福井県年縞博物館に行きたかったかというと、ずばり、中川毅さんの以下の二つの本を読んで感銘を受けたからです。
「人類と気候10万年史 過去に何が起きたのか、これから何が起こるのか」
それらの書評は以下のYouTube動画にしています。
【研究者の書評-43】中川毅 (著)「人類と気候の10万年史 過去に何が起きたのか、これから何が起こるのか」
そして、言論プラットフォームアゴラでもその書評動画記事を取り上げていただいています。
水月湖の凄さは、湖底の地層が10万年分もきれいに残っているという地球上で、特に温帯の地域で稀に見る奇跡の場所であることです。それは、湖底が生物などでかき回されない条件が揃っていること、そして地層が蓄積して湖底が浅くなる同じスピードで地球のマントルの動きで湖底が深くなっていき、一定深度を保っていることです。
そのため、地層の年輪、年縞を化学分析すればその当時の大気の成分や植物などの情報がわかるのです。そのため、水月湖の年縞が世界標準時計となっているのです。
そもそも、地球の気温の変化はどう言う仕組みで起こっているのか、地理好きで、大学時代は探検部にも属していた僕は興味があったので、アマゾンでブルーバックスでベストセラー第一位となっている、「人類と気候10万年史 過去に何が起きたのか、これから何が起こるのか」を、二つの視点で読んでみました。
一つは著者と同じ科学者の立場から純粋に「古気候学、地質年代学」に興味を持って、二つ目は地球の気候変動と今のCO2削減政策の関連をより深く考えるために。
(1)まず、同じ科学者の立場から。
地球の気候は何が原因で変化していくのかを、わかりやすく、地球の公転軌道、自転軸の変化などから、中高生にも理解できるような明快さで解説しています。
その導入部分だけでも十分読者を惹きつける魅力に満ちたものとなって、グイグイ読み進めたくなります。過去10万年もの長い期間の地球の気候をどうやって測定するのか、「年縞」というまるで年輪やクレープの生地のような地層にできる薄い層を一つ一つ分析するその原理、そして地層を崩すことなく採取する作業のことなど、実験研究者の僕にはその苦労と面白さが手にとるようにわかりました。
ここで使っている測定手法の蛍光X線解析は、僕自身も日豪のシンクロトロンを利用して実験しているので、親近感も湧きます。
そして、そのような貴重な「年縞」を採取できる場所が、福井県の水月湖にあることを著者の恩師が(偶然)発見したことも、僕自身が研究者として、鳥肌が立ちました。
そこで得られたデータを元にした「地球時計」が世界標準となっているとのことです。なぜ水月湖がそのような条件を満たしていたのかの説明も面白く(水が4℃で一番比重が重くなること、水月湖に河川からの土砂が流れ込まないこと、湖底に酸素がなく年縞をかき混ぜる生物が存在しないこと、そして年縞が堆積していく速度以上に湖底が沈んでいくことなどなど)まさにミラクルが日本で起こっていたことでまたまた鳥肌が立ちました。
2012年のサイエンス誌に論文が公開された時は、わざわざアメリカからサイエンス誌のスタッフが日本へやってきて記者会見を行ったとのことで、この発見が如何に人類にとって重要なものだかがわかります。 そのサイエンスの論文は、
A Complete Terrestrial Radiocarbon Record for 11.2 to 52.8 kyr B.P.
として、水月湖の「年縞」から、5万2千年前までの大気の様子がわかったとしています。
Analysis of terrestrial plant macrofossils in annually layered datable sediments yielded a direct record of atmospheric radiocarbon for the entire measurable interval up to 52.8 thousand years ago.
(毎年層状のデータブル堆積物中の地上植物マクロ化石の分析は、52.8千年前までの測定可能な間隔全体にわたって大気中の放射性炭素の直接記録を生み出した。)
(2)二つ目に地球の気候変動と今のCO2削減政策の関連をより深く考えるために。
過去10万年の地球の気候の変化を調べてみると、地球の軌道と自転軸の角度の変化に対応して、氷河期と間氷期(温暖期)があるそうです。そして、氷期と温暖な時代の間で、温度の振幅は10℃にも及ぶそうです。その振幅の周期は2万3千年。そして氷期と氷期の間の温暖期(間氷期)はこれまでに何度も到来しているけど、現在の温暖期がすでに例外的に長く続いているとのことです。
そして、本来なら氷期に入るはずなのに、まだ温暖期が続いている理由として、ある学説は、なんと人間の温室効果ガス排出によるものだと言うことです。つまり、人間が気候を左右するようになった歴史は、産業革命後の100年前ではなく、8000年前に遡るということです。
もし人類が温室効果ガスの放出によって「とっくに来ていた」はずの氷期を回避しているのだとしたら、温暖化をめぐる善悪の議論は根底から揺らいでしまいます。
著者は、それを
自然にやってくる氷期の地球で暮らしたいのか、それとも人為的に暖かく保たれた気候の中で暮らしたいのか。これはもはや、哲学の問題であって科学の問題ではない。
としています。
この議論を読んで、僕はうーんと思わず唸ってしまいました。個人的には、温暖化が進むことによるメリットの方が、氷期でのメリット(そんなものなく、氷期では作物も採れなくなって人類は滅ぶかも)を大きく上回るとおもうので、温暖化対策は「緩和」ではなく「適応」により重きを置いて、そしてそのかけるお金も程々にして、今火急の問題(貧困問題や災害に対する防災)に限りある人類の英知とお金を使う方が人類にとって良いと思ってしまいました。
中川毅(著)「時を刻む湖 7万枚の地層に挑んだ科学者たち」「人類と気候の10万年史」の前に書かれた水月湖での研究と2012年のサイエンス誌での発表、そして国際標準に水月湖の成果が反映されたことのお話です。
「人類と気候の10万年史」を読んだあと、さらに詳しく「年縞」に興味を持った人、研究者の卵に絶対読んでほしい内容です。研究の面白さ、辛さ、そして人間ドラマが展開されています。
ということで、これから、年縞博物館とカフェでの年縞コーヒー、年縞SANDをたべているところの動画をお楽しみください。
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動画のノギタ教授は、豪州クイーンズランド大学・機械鉱山工学部内の日本スペリア電子材料製造研究センター(NS CMEM)で教授・センター長を務めています。