ニコニコチャンネルプラスを開設してみないかと言われ、9月9日(月)20時に番組を開始する。
国際情勢が激変している。定期的に時事問題を取り上げて話をする機会を作っておくことは、有益であるかもしれない。そう思い、開設に至った。
第1回は少し大きい視点で導入の話をしようと思っている。そうは言っても、焦点はあったほうがいい。そこで、BRICSについて話してみることを考えている。
BRICSは、現在の世界の構造的変化を反映した動きを見せようとしている国際フォーラム、あるいは非制度的な国際組織体である。世界経済の3割以上のシェアの経済規模を持ち、購買力平価GDPでは、G7のシェアを顕著に上回る。だが、それだけではない。より政策的・構造的な意味も持つ。
折しも数日前、ロシア極東のウラジオストクで開催された「東方経済フォーラム」で、プーチン大統領は、「BRICSとの関係は順調に発展している」と強調した。そのうえで、BRICS加盟国の貿易取引などの65%は各国の通貨で行われていると述べ、ドルを使わない取引が広がっているとアピールした。
トランプ前大統領は、ロシアがドルを中心とした国際経済体制から離脱してしまったことを嘆いた。バイデン大統領の過剰な対ロ制裁によって、世界通貨としてのドルの地位が脅かされている、という趣旨の発言をした。
10月22~24日の日程で、ロシアのタタルスタン共和国のカザンで、BRICS首脳会議が開催される。今年からBRICSの加盟国が、イラン、UAE、エジプト、そしてエチオピアに広がった(サウジアラビアは加盟が認められたが、参加意思がいまだ不明瞭なところがある)。
ロシアは、このBRICS首脳会議を、ドル支配体制への挑戦の機会と捉え、かなり力を入れて準備している様子だ。実際のところ、中東の石油取引の国際決済が、ドル(又はユーロ)による方法以外でなされていったら、それは大きな意味を持つだろう。中東の主要な産油国の同時加盟が、「脱ドル化」のための布石であったことは、間違いない。
BRICS内の二大経済大国である中国とインドとの取引において、すでにロシアはドル決済を回避する方法を用い始めている。次に中東に狙いを定めるのは、極めて順当な発想である。ロシアにとっては、BRICSの枠組みを用いて、米国とその同盟諸国による「制裁」体制を覆そうとするのは、当然、合理的である。
もちろんそれが順調に進むかどうかは、わからない。トランプ発言に見られるように、アメリカ国内でも、警戒心は高まっているはずだ。サウジアラビアなどには、強烈な外交攻勢がかけられていると思われる。
ロシアにとって政治的な追い風は、ガザ危機だ。アメリカを後ろ盾にしてイスラエルがアラブ諸国と関係改善の国交樹立を果たしていく「アブラハム合意」のプロセスは、ガザ危機によって深刻な停滞を見せている。
イスラム圏全域で、反米感情が高まっている。さらに国際司法裁判所(ICJ)にイスラエルのジェノサイド条約違反の訴えを起こしたのが、BRICSの一翼を担う南アフリカであったことが象徴するように、「植民地主義」の残滓を取り除いていこうとする「グローバル・サウス」の思想運動に、BRICS諸国は、高い思想的な親和性を見せている。
本来、ロシアは植民地化の経験を持たない国だと言ってもよいのだが、反「植民地主義」の思想に賛同を表明する努力を進めている。BRICSはそのための格好のプラットフォームだ。米欧諸国への物理的・精神的依存を高め続けているウクライナの事情を逆手にとり、ロシア・ウクライナ戦争を、アメリカ及び欧州諸国の帝国主義・植民地主義に対抗する戦いと位置付けている。そして、BRICSを通じて追求する政策との調和を図っている。
BRICSサミットを、あえてタタルスタン共和国の首都カザンで開催するのも、こうした政策的方向性にそってのことであろう。タタルスタン共和国の400万人の人口の半数以上は、「ヴォルガ・タタール人」である。基本的にイスラム教徒だ。そしてクリミアの「クリミア・タタール人」とも歴史的な親和性がある。イスラム教徒を取り込んだ多民族・多宗教国家としてのロシアの性格をアピールし、その方向性でクリミアまで位置付ける狙いだろう。
さらにカザンは、ロシア有数の河川であるヴォルガ川沿いに発展した町だ。ヴォルガ川は、カスピ海に流れつく。カスピ海の対岸に位置する地域大国イランとの結びつきを強め、インドにまで到達していくのが、「南北輸送回廊」構想だ。
2002年5月に、ロシア、イラン、インドが、この「南北輸送回廊」計画に署名した。その後にカスピ海沿岸国のアゼルバイジャンなども、計画に参加するようになっているが、当初の3カ国が基盤だ。今年になってイランがBRICSに加入したことにより、BRICSが「南北輸送回廊」を推進するプラットフォームにもなる形となった。
米国主導の「覇権主義」的な国際秩序と距離を置き、「多元主義」を掲げるBRICSは、反グローバリズムの傾向で、意外な結束力を持つ。もっとも上述のロシアが追求する政策は、自国の思想風土に根差した「新ユーラシア主義」の性格も持っている。これはたとえば中国の一帯一路と、自然にいつも合致するわけではない。他のBRICS構成国も、やはり異なるそれぞれの地域の秩序観を持っている。そのような「多元主義」的な性格を維持したまま、BRICSの結束も保っていけるのか、今後の注目点だ。
なおBRICSが標榜する「多元主義」の世界観は、「大陸系の地政学理論」の伝統にそったものだ。「英米系の地政学理論」にそって「海洋国家」と「陸上国家」の世界的規模での対立構造を強調するのではない。「大陸系の地政学理論」は、地域それぞれの「圏域」の併存を重視する思想伝統に拠って立つ(篠田英朗『戦争の地政学』(2023年、講談社現代新書)参照)。
なお2011年から13年間続いたBRICS5カ国体制は、東アジア、南アジア、ユーラシア、アフリカ、そして南米、という異なる地域のそれぞれから代表的な地域経済大国を選び出して、作り出していたものであった。これは「圏域」思想を重視する「大陸系の地政学理論」の世界観にそった仕組みであった。
しかし中東や東南アジアに加盟国を広げていくのであれば、そのような各「圏域」の盟主国を選び取っていく方法を取り続けるのは難しい。そこで中東に関しては、複数の主要な中東諸国が同時加盟する仕組みが取られた。
今後BRICSがさらに拡大していくとき、「大陸系地政学理論」にそって形成されていた構成原理は、どのような変質を見せていくのか。大きな着眼点になる。
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