1. 石破新総裁の誕生
自民党総裁選が終わり、石破新総裁が誕生した。
10月1日に国会で総理に選出されることが確実であり、まもなく、石破政権が誕生する。
既に、自民党執行部や内閣の顔ぶれが固まり、早くも「実力派内閣だ」「安定感がある」といった前向きな評価や、或いは、「要職に就いた40代が選対本部長の小泉氏のみで、50代すら殆どいない」「女性が2人しか入閣していない」という否定的な評価まで議論百出である。
特に、極端なリフレ派と目される高市氏に勝利したこともあって、円高が進み、市場からは株価暴落という「攻撃」も浴びている。
また、総裁選を戦った高市氏や小林氏に総務会長や広報本部長の就任を固辞されてしまったという経緯はあるにせよ、多様性や総力戦という観点からは、疑問が残る布陣になり、早くも失望感も出てはいる。私は個人的には存じ上げないが、特に安倍氏に近かった方々を中心に、石破さんを信頼していない人たちも多く、不安要素は多々あるのは事実だ。
しかし、早速、政権の安定化を目指して衆院の解散を月内に行うと言われており、懸念されていた格好つけの建前でなく、本音で動く現実的な部分も見せている。また、個人的な知り合いも複数名入閣したり、古巣の経産省の期待の先輩(しかも、現在、弊社と経産省とあずさ監査法人が共同事務局をしている勉強会の座長)が総理秘書官に抜擢されたりと、次代に向けた日本の改革のために楽しみな要素も少なくない。お手並み拝見とはなるが、本格的な政権運営を期待したい。
さて、今月のエッセイで申し上げたいことは、私なりの総裁選の振り返りである。良くも悪くも、自民党員・党友の影響力が強くなっている中、これは本当に良い事なのだろうか、という底知れない不安と、逆にそのことを利用する可能性(未来への希望)について以下、少し論じてみたい。
2. 総裁選を振り返って:外れた予想と党員票の影響力増
まずは不明を恥じなければならないが、自民党総裁選について、その開始時前夜(約1か月前)の私の予想は、結論から言えば、大きく外れた。
これまで、本稿含め、政局推移の大きなシナリオとしては、色々なところで、以下のストーリーについて書いたり述べたりしてきた。すなわち、
① 年末解散その他、解散時期についてずっと議論されているが、広島サミット後のチャンスを逃した岸田さんは結局解散出来ない。次期総裁選には不出馬となる(昨年秋頃からずっと予想)
② 岸田氏の任期切れ・不出馬に伴って新総裁が選ばれた暁には、次の総裁はその直後に衆院を解散(半年前から予想)
③ 総裁選には有力候補として、清新で政策通の小林鷹之氏が浮上してくる(春頃から予想)
という流れである。
ほぼ1年にわたって、こうしたシナリオ・事象を当てて来たので、その流れで自信を持って、「総裁選は決選投票となり、決勝戦では、小泉 vs. 石破となる。もしかすると小林が急浮上するかもしれないが、恐らくこの2人で決選投票。そして多分、最後は小泉が勝つ」という予想を、岸田氏の不出馬が決まった際、約1か月前には立てていた。
それが、まさかの事態だ。小泉進次郎氏がここまで失速し、小林鷹之氏があまり浮上せず、逆に高市氏がこれだけ急浮上してくるとは思っていなかった。
今回の総裁選を巡っては、個別の候補者の悲喜こもごものゴシップ的話から、特に決選投票を巡っての結局は派閥の領袖の影響力まで、色々と興味深い話があるが、ここでは、特に高市氏急上昇の背景について考察し、総理・総裁選出における現状の課題や可能性について略述することとしたい。
まず言い訳からになるが、私の予想が外れた最大の要因は、高市氏の急上昇という要素である。ポイントを一言で言えば、党員票の動き・影響力が極めて大きかったということだ。裏を返して言えば、勝負の大勢は国会議員票にあると見るのがこれまでの常識であったので、私の予想は極めてセオリー通りのものであり、最近の事象を踏まえきれなかった、ということになる。
実際、国会議員票を最も取ったのは小泉氏で、最終盤に急浮上してきた高市氏を除けば、その次は石破氏→小林氏の順である。決勝戦が石破氏 vs. 小泉氏となり、もしかして小林票が上昇してそこに割って入るが、いずれにせよ、より国会議員票の意味が大きい決選投票においては、そこに強みがある小泉氏が勝つ、と見るのは極めてオーソドックスな見方・分析だったと思う。
それが何故、ここまで党員票の影響力が大きくなったのか。私が見るところ、ポイントは大別して3つある。
まず、大きいのは派閥解体の影響である。麻生派を除いて派閥が解体となり、候補者が乱立したのが今回の総裁選の大きな特徴の一つだ。9名もの候補者が乱立し、それぞれが最低20名の推薦人を確保したということで、候補者本人たちの9票や、20名ギリギリではなく、少し余裕を持って支持者を獲得していた候補者などの状況などを勘案すると、ざっくり言ってそれだけで、二百〜二百数十票強が固定化され、国会議員の浮動票は当初から100票強くらいしかなかった。
国会議員票の368票の1/3弱である。自ずと、選挙期間中は、議員票よりも、まだ固まり切っていないように見える党員票の368票の方を狙う動きが加速化され、その影響力が大きくなったと考えられる。
ここで注意すべきは、この傾向(派閥の弱体化)は、今回特に顕著だったものの、ずっと底流のように続いてきているということだ。同じ清和会から町村氏と安倍氏の二人が立候補した2012年の自民党総裁選でも明らかなように、派閥の弱体化というのは徐々に進んでいたということである。
今回、旧岸田派から上川氏と林氏が、旧茂木派から茂木氏と加藤氏が立候補して、派閥の実質的解体が話題となったが、この流れ自体は以前からあったと言える。
今後も、以前のような形ではないにせよ、誰を総裁にするかでグループのようなもの、疑似派閥的なものは存続し続けることになると思うが、大きな流れとしての派閥の弱体化は変わらず、総裁選での候補者乱立の傾向は変わらないと考えられ、結果として相対的に党員票の影響は大きくなると思われる。
そして、党員票の影響力が増えた2つ目のポイントは、何の変哲もない答えになるが、普通に党員票の割合が制度として増やしている(制度的に増している)、という厳然たる事実である。
前々から、自民党総裁選においては地方票のシェアというものは一定程度存在し続けていた。ただ、その割合は限定的で、例えば、私が経産省(当時は通産省)に入った際の総理だった橋本龍太郎氏は、当時は泡沫候補的存在だった小泉純一郎氏に勝利するわけだが、国会議員票は二人合計で311票、地方票は80票に過ぎなかった。
その後、地方票の割合を増やし、小泉純一郎氏が橋本氏に地滑り的勝利を収めたと言われた2001年の総裁選においても、都道府県の持ち票を1票から3票に3倍にしたが、それでも、当時として国会議員票の方が割合としては各段に大きい。
それが、自民党が下野した後の総裁選(2009年・2012年)あたりから党員票の割合が激増して、国会議員票を凌ぐという状態にもなり、政権に復帰してからは、基本的にずっと国会議員票と党員票の割合は同じとなっている。
自民党の政権復帰後は、しばらく安倍一強であり、安倍政権、そして安倍さんの後継として菅政権が誕生した10年近い期間が長く、また、岸田氏もある意味で当時の流れとしては当然の形で総裁になったため、これまであまり顕在化してこなかったが、実は総裁選びにおける党員票の存在感は大きい。
今回、そのことがはっきりと顕在化したが、党員票の存在感が制度的に極めて大きくなっていることは改めて認識されるべき状況だと思う。
そして、党員票の影響力増大の3つ目のポイントであるが、これは自民党員のデモグラフィー(年齢や性別等の構成)に関わる問題である。
実は、少なくとも確実な数字としては私自身は把握していないので、知り合いの国会議員などからの聞き取りに基づく感覚的な傾向分析となるが、一言で言って、「高齢化&保守化」が顕著であるということだ。元々男性が多いということも相まって、今回の候補者で言えば、典型的には、高市氏のような保守強硬派の候補に最も支持が流れやすいということである。
少なくない割合の自民党の国会議員は、今回の総裁選に際し、恐らく私同様に、「国民は、刷新感を求めており、その観点からは、小泉氏や小林氏のような、若いながらも演説がしっかりしていたり(小泉氏)、政策通であったり(小林氏)、そうした新しい候補を求めるのではないか」ということで、小泉氏や小林氏への支持を決めたものと思われる。実際、最後まで総裁選出馬を模索していた野田聖子氏、齋藤健氏などは、小泉陣営に加わった。
が、実は、その目線を意識したはずの「国民」と「党員」とは、実は意識が大分違っていたということが選挙戦を通じてはっきりしてきた。つまり、高齢で男性の多い保守的な自民「党員」たちは、あまり小泉氏や小林氏、ということにはならなかったのである。
報道に出ている話の鵜吞みではあるが、伝え聞くところでは日本会議のような保守勢力、また、石丸陣営をサポートしていた維新系の勢力などが、自民党の「党員」に響くようにと、それぞれ旧来的ドブ板戦、ネット版ドブ板戦を展開した結果、高市氏にかなりの支持が集まるようになったと言われている。
一昔前であれば、しっかりした思想信条に基づく国会議員たちは、党員たちの傾向を無視はしないまでも、それ以上に自分の考えに基づいて投票していたものが、最近の国会議員たちは、地元の議員や支持者たちの傾向を、以前にも増して無視できないようになってきている。しかも先述のとおり、支持者たちが高齢化していることから、一層「力」を有していることもあり、より一層、「党員」の傾向の影響を受けるようになっている。
そんな背景から、地域(都市部中心とされる)における高市票の伸びがあり、それを横目に見ていた態度未定の国会議員たちも、本来であれば、小泉氏や小林氏に入れそうなものであるが、最後、特に高市氏に入れ、また、一部は、元々地域での票が盤石な石破氏に流れたように思われる。
3. 自民党員になろう!
以上、今回の自民党総裁選を通じて、如何に総裁選における党員票の影響が強まっているか、そして、それは、良くも悪くも、「国民」全体の意識や傾向と実は乖離があるのではないか、ということを述べて来た。
これは、悲観的に見れば、日本は本当に議院内閣制なのか、ということにもなる。建前では、わが国の制度上、総理を選ぶのは国会議員である。国会議員の多数決で総理は選出されることになっている。
しかるに、今回の経緯を見るまでもなく、総理は実質的には、自民党総裁選で決まるものであり、そしてその総裁選では、上述のとおり、自民党員の存在感が強まっている。しかも、その党員は、必ずしも「民意」の傾向を如実に代表しているわけではないというのも、見て来たとおりである。
改めて言うまでもないが、議院内閣制(間接民主制)の建前としては、「色々なことを知悉していて、国民を代表する叡智をもつ国会議員たちに国のトップは選んでもらうべきであり、日常の雑事に追われて大局的に物事を必ずしも見られない国民が直接に総理を選ぶよりは(直接民主制)、制度として良いのではないか」ということが、大前提にある。
自民党の国会議員たちが、党員たちの顔色を伺いながら総裁選びのための一票を投じ、しかも党員票と国会議員票の割合は、全体しては半々ということであれば、そしてその結果選ばれた自民党総裁が総理になるということであるならば、これはもう、実質的にも外形的にも、議院内閣制に基づいて、国会議員の英知を結集して国のトップを選出しているとは言えないようにも見える。
そんな中、最後に希望的なことを、若干皮肉も込めつつ書くならば、本稿の標題にもあるようにある程度の勢力を有してその勢力が皆「自民党員」になりさえすれば、時に日本のトップを変えることができ、日本の政治に、日本の社会変革に影響を持てる、ということである。
乱暴に書けば、ある集団が、大量にその集団の構成員を自民党員にすることに成功すれば、ある意味「乗っ取れる」ということだ。自民党員になる要件は、平たく言えば国籍と年会費であり、金額的にも全く高くない。
冗談のような本気のようなことを書けば、例えば共産党員が大挙して自民党員になり、総裁選に際して党員票を動員出来ればかなりの影響力を持てるし、それは、若手の団体であろうと隣の国の集団であろうと同じ事だ。共産党は、真剣に国政に影響を持ちたければ、全員大挙して自民党員になるべきだ、ということになる。
新たに発足した石破政権には是非頑張って頂きたいが、そのこととは別に、総理を選ぶ制度、即ち自民党総裁を選ぶことが総理を選ぶ制度となっている現在、その制度としての在り方の問題と可能性、色々と考えさせられる総裁選であった。
最後に、もう一度、冗談半分、本気半分で言いたい。政治に関心があるのであれば、一票の影響力を大きく持つには、「皆さん、自民党員になろう!」ということを。