レバノンのシーア派武装組織「ヒズボラ」の最高指導者ナスララ師の死は大きな波紋を中東全土に広げてきた。ヒズボラを30年以上指導し、中東で非国家の軍事組織としては最大規模の武装組織に育て上げた人物だ。その指導者を失ったヒズボラが報復のため暴発する恐れがあるが、それ以上に、パレスチナ自治区ガザを実質支配してきたイスラム過激テロ組織「ハマス」やヒズボラを軍事支援してきたイラン側の反応が懸念される。イスラム教聖職者支配体制の指導者たちは国のメンツがたつならばイスラエルと正面衝突を回避したい意向だが、イラン革命防衛隊(IRGC)はイスラエル軍と一戦を構えるという誘惑に動かされている兆候がみられる。
ドイツの高級週刊紙「ツァイト」電子版は2日、「中東はここ数十年で最も危険な段階に突入している」と報じたが、その懸念は残念ながら当たろうとしている。イランは1日、約180発の弾道ミサイルをイスラエルに向けて発射した。イスラエル側の発表では、「大部分はイスラエル側の対空防衛システムで撃ち落とされたので、大きな損害は出ていない」という。外電では、米軍も一部、イランの弾道ミサイルを撃ち落としたという。
イランが弾道ミサイルを発射すれば、約2分以内でイスラエル領土に到着する。イスラエル国防軍(IDF)が全土で警戒サイレンを鳴らして、国民にシャルターに避難するように呼び掛けたという。
イラン側はイスラエル軍の軍事力を侮ってはならない。イスラエル軍は27日、レバノンの首都ベイルート南部でナスララ師を殺害したが、その時、イスラエル空軍は米国製の2500ポンドの爆発力を有するバンカーバスター(GBU-28)を投下したといわれている。イスラエル軍が2009年、米国から密かに手に入れた巨大な爆弾だ。ナスララ師の隠れ家が完全に破壊されたのも頷ける。
ところで、米空軍は2021年7月23日、新しい「バンカーバスター」の「GBU- 72 Advanced 5K Penetrator」のテストを実施し、成功している。バンカーバスターGBU-72は5000ポンドの爆発力でGBU-28の2倍のパワーを有している。GBU-72は戦闘機または重爆撃機によって運ばれるように設計されている。
欧米の軍事情報機関筋によると、イスラエル軍はバンカーバスター爆弾GBU-28では山の奥深くに埋もれているイランのフォルドウ核施設を貫通する能力はないことから、米国から「バンカーバスター(GBU-72)」を購入した、といわれている。イスラエル側は今回、イランが核兵器を製造する前にGBU-72でイランの核関連施設を完全に破壊する可能性が出てきたのだ(「イラン核関連施設破壊の『Xデー』」2024年4月18日参考)。
ロイター通信は先月28日、ハメネイ師がナスララ師の死を受け、急遽安全な場所に移動したと報じていたが、イスラエル軍は7月31日、「ハマス」の最高指導者イスマイル・ハニヤ氏を訪問中のイランのテヘランで殺害している。イスラエル側はイランの要人の動き、潜伏先を掌握している。ということは、ハメネイ師が首都テヘランから移動して潜伏したとしても安全とはいえないだろう。イスラエル側はいつでもイランの要人を暗殺でき、その核関連施設を完全に粉砕できる状況にあるとみて間違いないだろう。
シーア派の盟主を誇るイランは国のメンツが重要だ。イスラエル軍と戦うハマスやヒズボラへ何も軍事援助をしなければ、彼らからの信頼を失うことにもなる。イランは今年4月、イスラエル空軍が在シリア・イラン大使館を空爆し、イラン革命防衛隊司令官らが殺害されたことへの報復としてイスラエルに向かって数百発のミサイルや無人爆撃機を飛ばしたが、その直後、「これで報復攻撃を終える」と表明している。希望的観測だが、イラン側は今回も軍事衝突のエスカレーションを避けるかもしれない。
ハメネイ師を含むイラン指導者は冷静になるべき時だ。さもなければ、バンカーバスターGBU-72の洗礼を受けることにもなる。イスラエルのネタニヤフ首相は1日、「われわれを攻撃する者に対しては、われわれは必ずその代償を支払わせる」と表明している。同首相の発言は単なる強がりの言葉ではない。穿った見解をすれば、イランの攻撃を受けたイスラエル側は「報復」という名目でイランの核関連施設を破壊できる絶好のチャンスを得たのだ。
ペルシャの王クロス王は捕囚していたユダヤ民族を解放し、エルサレムに帰還させた。現在のユダヤ民族、強いてはイスラエル国家が存在できているのは歴史的に見てそのクロス王の英断があったからだ。クロス王の夢に現れた神がユダヤ民族のエルサレム帰還を促したのだ。ユダヤ教もイスラム教もアブラハム・ファミリーだ。イランとイスラエル両国は常に宿敵関係だったわけではないのだ。今こそクロス王に現れた神の声を聞くべきだ。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2024年10月3日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。