電力不足で厳しい冬を迎えるウクライナ:ロシア軍の発電インフラ破壊の痛手

人と人、家族と家族の関係でもそうであるように、民族、国家同士でもやはり「縁」というものがある。いい縁とそうではない場合だ。ロシアとウクライナ両国の関係を振り返ってみると、ウクライナ人はロシア民族とはどうみてもいい「縁」とはいえない。特に、共産主義政権になって以来、ウクライナは歴史的に見ても3度、大きな痛手を受けてきた。

ホロドモール(大飢饉)90年目の追悼式に参加したゼレンスキー大統領とオレナ夫人(2022年11月26日、ウクライナ大統領府公式サイトから)

まず、スターリンのソ連共産政権下で欧米のメディアは当時「労働者の天国」と報じていたが、ウクライナでは数百万人が飢餓で亡くなった。ウクライナは当時から穀倉地だったが、収穫された穀物はモスクワに送られ、ウクライナ人には与えられなかった。歴史家が後日、「ホロドモール」と呼ぶ大飢餓だ。スターリンの食糧政策の失策による人災ということから、「スターリン飢餓」とも呼ばれている。ウィーンにはウクライナ移民たちのコミュニティがあるが、年配のウクライナ人は「大飢餓の出来事は現在のウクライナ人にもトラウマとなっている」と証言している。

次は共産政権時代に生じたチェルノブイリ原発事故だ。旧ソ連ウクライナ共和国の北部に位置するチェルノブイリ原子力発電所で1986年4月26日、原発歴史上最悪の爆発事故が発生し、その放射能は欧州全土に拡散された。モスクワは当時、事故発生を隠蔽した。ベラルーシやウクライナはその放射能の汚染地としてその後も国民の間に多くの後遺症が起きている。

そして3番目は2022年2月末のロシア軍のウクライナ侵攻だ。ロシアとウクライナ間の戦闘は3年目に入っている。ウクライナ国民の半分が国内避難民となり、数百万人が隣国ポーランド、モルドバ等に避難している。

プーチン大統領は「ウクライナ人はロシア人と同じ民族だ」と主張する。一方、ウクライナ人はロシア民族によって苦しめられ記憶を忘れることができない。多くのウクライナ人はプーチン大統領を「21世紀のスターリン」と受け取っている。一方、プーチン大統領はウラジーミル・セルゲイェヴィチ・ソロヴィヨフ(1853~1900年)のキリスト教世界観に共感し、自身を堕落した西側キリスト教社会の救済者と意識している。同氏は自分をキーウの聖ウラジーミルの生まれ変わりと感じ、ロシア民族を救い、世界を救うキリスト的使命感を感じている。

ちなみに、ロシアとウクライナ戦争で両国の繋がりが完全に立ち切れた象徴的な出来事はウクライナ正教会のモスク総主教府からの独立宣言だろう。ウクライナ正教会は本来、ソ連共産党政権時代からロシア正教会の管轄下にあった。同国にはウクライナ正教会と少数派の独立正教会があったが、ペトロ・ポロシェンコ前大統領(在任2014~19年)の強い支持もあって、2018年12月、ウクライナ正教会がロシア正教会から離脱し、独立した。その後、ウクライナ正教会と独立正教会が統合して現在の「ウクライナ正教会」(OKU)が誕生した。これまで存在してきたウクライナ正教会(UOK)はモスクワ総主教のキリル1世を依然支持していたが、2022年5月27日、モスクワ総主教区から独立を表明した。その結果、ロシア正教会は332年間管轄してきたウクライナ正教会を完全に失い、世界正教会での影響力は低下、モスクワ総主教にとって大きな痛手となった(「分裂と離脱が続くロシア正教会」2022年5月29日参考)。

ロシア正教会最高指導者のモスクワ総主教キリル1世はプーチン大統領のウクライナ戦争を「形而上学的な闘争」と位置づけ、ロシア側を「善」として退廃文化の欧米側を「悪」とし、「善の悪への戦い」と解説する。キリル総主教は2009年にモスクワ総主教に就任して以来、一貫してプーチン氏を支持してきた。キリル1世はウクライナとロシアが教会法に基づいて連携していると主張し、ウクライナの首都キーウは“エルサレム”だという。「ロシア正教会はそこから誕生したのだから、その歴史的、精神的繋がりを捨て去ることはできない」と主張し、ロシアの敵対者を「悪の勢力」と呼び、ロシア兵士に闘うように呼び掛けてきた(「キリル1世の『ルースキー・ミール』」2022年4月25日参考)。

ロシアとの戦闘は長期化の様相を深め、ウクライナの苦難は続く。厳しい冬が迫ってきた。ウクライナは2022年2月にロシアの大規模な侵攻が始まって以来、最も厳しい冬に直面する可能性があると予想されている。ロシア軍は3月以降、ウクライナ全土の発電インフラを集中攻撃。キーウや北東部ハリコフなどでは全ての火力発電所が損傷した。停電は日常茶飯事、自宅で温かいスープで寒さをしのぐといった贅沢はできない。爆撃で窓が吹っ飛んでしまったアパートメントに住むキーウ市民は新しいガラスが手に入らないから、寒さが厳しくなる前に窓にビニールを貼って緊急処置をする、といった具合だ。

キーウの市長ヴィタリ・クリチコ市長は10日、訪問先のドイツで、「ウクライナの多くの都市や地域は破壊され、同国は困難な冬を迎えようとしている」と述べ、国際社会の支援を要請している。

ウクライナ最大の民間エネルギー企業DTEKのデータによれば、ロシアはこれまでにウクライナの熱供給能力の最大90%を破壊し、数多くの変電所や複数の水力発電所は操業不能という。最良のシナリオでも、この冬、ウクライナ国民は1日平均5時間しか電力を利用できないだろうという。
ゼレンスキー大統領は9月末、ソーシャルメディアで、現在の最優先事項はウクライナのエネルギーシステムを冬に備えることだと述べている。ウクライナの都市や地域に、ボイラー設備、発電機、ソーラー設備などの支援が急務となる。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2024年10月12日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。