母子自主避難から考える災害の政治利用

災害の政治利用

能登半島地震が発生したのち、活動家や政治家が被災地に入り、救援や復旧の全体像をあきらかにしないまま、悲惨な状況だけを伝えた。その目的は、政府や自治体を批判するためだった。こうして拡散された情報が実態とかけ離れた虚像を生み、政府や自治体への不信感を国内に漂わせた。

災害の政治利用だ。

次なる大災害はもとより、発生が危惧される台湾有事でも同じ仕組みで政治的に策動する面々が登場するのは間違いない。日経新聞は中国工作アカウントが『「沖縄独立」煽る偽動画拡散』と題する記事を掲載している。

原発事故と母子自主避難

災害の政治利用といえば、東日本大震災と原発事故でのできごとを外すわけにはいかない。

東日本大震災は地震と津波の被害だけでなく、原発事故の被害をもたらした未曾有の災害だった。13年が経過してみると、信頼に値しなかったり、当事者の代表と言えそうもない人々がオピニオンリーダーや証言者としてもてはやされたのがとても異様に感じられる。

たとえば福島県の漁業者として、いつも同じ人物が取材されていた。彼が所属する漁港は宮城県との県境まで2kmほど、福島第一原発から50kmほど離れた位置にある。しかも他の漁業者は、彼の意見は漁業関係者の総意とは言えないと語っていた。

筆者が事態収拾に取り組んできた自主避難者問題も、まったく同じ様相だった。

自主避難の全貌は未だに解明されていないが、これは活動家が特定の自主避難者を避難者の代表として扱い、この代表者を報道が何年間にもわたり紹介し続けて他の人々に見向きもしなかったためだ。自主避難者を調査したり研究した論文も、事情は似たり寄ったりである。

前述の漁業者が処理水放出を恐ろしいこととして語ったように、特定の自主避難者は避難指示が出されなかった地域も放射能汚染がひどいと言い、だから帰還できないにもかかわらず国、自治体、東電の救済や賠償の対象外にされているとし、ゆえに生活が困窮したり人生設計が壊されたなどと語った。

自主避難は母子のみで行われる場合が多かったが、汚染されているという地域で夫などが健康的に暮らしている事実は報道機関から問いただされなかった。自主避難者を生む土壌となった「保養」と呼ばれる活動についても語られなかった。支援者の正体についてもだ。さらに関東から自主避難した人々については、国と自治体も実態を把握できないため完全に忘れ去られたままになっている。

そして「当事者が語るのだから真実」「被害者を疑うのは侮辱」とされて検証を難しくし、活動家やマスメディアによって囲い込まれた自主避難者以外が見捨てられた。また被曝デマは自主避難者を生み出しただけではない。反原発と脱被曝への感情的な世論を盛り上げ、こうした感情的な反応が特定の自主避難者が語る被曝不安によって強化されたのだった。

扇動の循環構造

原発事故後に母子避難が多発したのは、子供が被曝して健康を損ねたり、死んだりするのではないかという恐怖に、母親たちが囚われたからだ。被曝への不安が広がったのは、SNSやマスメディアでオピニオンリーダーになっていた人々、活動家、政治家のほか、生活協同組合(生協)の影響が大きかった。

これらの人や団体は、国や自治体や東電が発表する被害状況を信じてはいけないと言い、生協は福島県が出荷前検査を行っているにもかかわらず同県産品を排除し、他の食品についても「いつ汚染された食品が出回るかわからない」と線量検査を続けた。さらにマスメディアは彼らの活動を報じたり、やはり公的な情報は信じられないとして動植物の奇形、被曝による鼻血、食品の汚染などを話題にした。

こうしてオピニオンリーダーらの見解は正しく、彼らの言う通り危険が差し迫っているとする「虚像」が生み出され、母親たちに不安感を植え付けた。また母親たちにオピニオンリーダーを熱狂的に支持させ、支持されたオピニオンリーダーらは国、自治体、東電のほか、安全性を説明する科学者などを列挙し、不安を怒りに変えて抗議すべき相手と支持者に指し示した。

集会やデモへの参加を呼びかけたのは活動家や政治家だけではなかった。いくつかの生協が集会やデモへの参加を呼びかけたほか、会員を組織して生協名を書いた旗を掲げて参加した例もあった。

集会やデモの多くに共産党など左派政党だけでなく、極左暴力集団の中核派が深く関与していた。自主避難した母親に賃貸住宅を斡旋したり、生活保護受給の手伝いをするだけでなく、機関紙しんぶん赤旗の購読と配達をさせ、政治活動に動員した共産党員が居た。筆者が知るかぎり、共産党員が関与した例のすべてで正体を隠した勧誘活動が行われていた。

自主避難者が囲い込まれただけでなく、いままで政治と縁遠かった人々も不安が怒りに変換されて、政府や政権や特定の政治家を批判または攻撃する政治的な主張に染まっていった。こうして後のSEALDs現象など政治の季節と呼ぶべき2010年代中盤以降の潮流が生じたのだった。

なお中共が台湾で行っている世論工作「認知戦」と、扇動の循環構造の共通点については後述する。

二度あることは三度も四度もある

原発事故と能登半島地震だけでなく、神宮外苑再開発反対運動も「扇動の循環構造」で支持者を増やし、オピニオンリーダーの主張に追随した人々の不安や不満を怒りに変えていた。そして怒りの矛先が、政治的な意図のもと都知事選で小池百合子氏に向けられたのは記憶に新しい。「扇動の循環構造」は原発事故後に突如現れたものではなく、扇動の常套手段なのだ。

原発事故と能登半島地震のような大きな災害。神宮外苑再開発反対運動のように、公園が変貌するという身近なわかりやすいテーマ設定。これらで人々の感情が弄ばれ、弄ばれた人たちが扇動されている。追随層の中に音楽家、作家、文化人といった著名人がいて、これらの人々は扇動されているにも関わらずオピニオンリーダーと同格に扱われ、報道やSNSで広告塔を演じさせられていた。

以降、続きはnoteにて


編集部より:この記事は加藤文宏氏のnote 2024年10月12日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は加藤文宏氏のnoteをご覧ください。