「今日のウクライナは明日の東アジア」とは結局何なのか

日本の国会が解散して、衆議院選挙戦が始まる。折しも中国軍が台湾を取り囲む軍事演習を行った。台湾海峡をめぐる危機の発生は、数年単位の時間の問題だ、と考える研究者も多い。日本はどう対応するのか。

石破首相は抑止力を高めるための安全保障政策の充実に関心があるようだ。だが、聞こえてくるのは、「アジア版NATO」のような実現性が乏しい抽象論にとどまっている。これについては元防衛大臣の小野寺五典自民党政調会長が検討して取りまとめることになったという。

ただ石破首相の様子は、曖昧模糊としている。自説が批判にさらされてひるんだが、まだ未練は残っている、といった具合だ。とりまとめの先行きは不透明と言わざるを得ない。また現在、外務大臣も防衛大臣も元防衛大臣だ。自民党主導の議論が、どのように両省と歩調をとって進んでいくのかも、見えてこない。

岸田前政権では防衛費の倍増という派手な政策が導入された。しかし倍増して何をするのか、それでどんな結果を期待する(責任を取る)のか、という肝心の点は、実際には、議論が忌避されているのが実情だ。

そんな中、選挙戦の文脈もあるのだろう。SNSで岸田首相が「今日のウクライナは明日の東アジアかもしれない」というメッセージを出した。もちろん過去2年半の間に繰り返し見たメッセージである。

あまりに見慣れてきたため、感覚的にだけ捉えることが簡単にできるようになった。ウクライナを他人事とみなさず、親身になってみていこう、というメッセージである。ウクライナの苦境を考えれば、否定しがたい情緒的なメッセージだ。

だが、果たしてこれは政策論として何を意味しているのか。

親身になるのだから、巨額の支援をする、ということがメッセージの内容だと、感覚的に受け止められている。そのため最近では「その通りなのでお金を沢山渡していい」という反応と、「それにしてもお金を渡しすぎだ」という二つの情緒的な反応を引き出すだけになってきている。

岸田首相のXでは、次のような言葉が添えられている。

ウクライナに一日も早く平和をもたらさなければなりません。

そしてその平和は、国連憲章を含む国際法の諸原則に基づく、「公正かつ永続的な平和」でなくてはならず、力や威圧による一方的な現状変更の試みを正当化するようなものであってはなりません。

これは現実を認められない、という現状認識の表明としては、わかる。だが果たしてどれくらいの国民が、このメッセージを具体的な目標を持った具体的な政策の説明として理解することができるだろうか。

ロシアの全面侵攻開始直後であれば、現実を認めないために、現実に抵抗しているウクライナを支援する、という日本政府の態度の表明として、理解できた。だがその時からすでに2年半の時間が経過した。最初の立ち位置の説明を繰り返すにしては、長すぎる時間だ。

ウクライナを支援するのが日本の立場であることは、わかった。だが2024年10月の現実を見ながら、いったい何を目標に定めて、どれくらいの資源を投入してその目標を達成するという見込みなのかは、全く不明である。

もし仮に「ウクライナが、ロシアを軍事力をもって完全に駆逐し、軍事力をもって領土を全て奪還し、軍事力をもって再侵攻を防ぐ抑止を働き続けさせられるように、たとえ何十年、何百年、何十兆円、何百兆円かかっても、果てしなく戦争継続のための支援を続ける」とSNSに書いてあったら、当然、国民の反応はよりいっそう硬化するだろう。だが果たして岸田首相は、違うことを言っているのだろうか。

時間の経過によって、現実と理念のギャップが大きくなっているのは、単に戦争の進展がウクライナにとって厳しいからだけではない。すでに2年半にわたって、あるいはクリミアについては2014年以降の10年にわたって、ウクライナ東部地域では、ロシアの占領統治体制のほうが「現状」になってしまっている。戦争を通じた軍事的な力や威圧によって「現状」変更の試みを続けているのは、ウクライナのほうである。

もちろんロシアの違法な侵略を認めてはならないし、国際的な正当性はウクライナの側にある。しかし、それを認めてもなお、「現状」を言うのであれば、ロシアの占領統治体制は「現状」だ。力でそれを変更しようとする試みを続けているのが、ウクライナだ。

数カ月の占領統治なら、戦争の継続状態と同じと言えたかもしれないが、2年半にもわたる占領統治では、「現状」が変わってしまっていることを認めざるを得ない。したがって「力や威圧による一方的な現状変更の試みを正当化」という文言は、2年半前とはニュアンスを変え始めてしまっているのである。

このように書くと、私がロシアの占領を正当化しようとしている、と意図的に誤解する読者も出てくるだろう。そうではない。なぜなら、たとえば、戦争以外の方法で領土を取り返す方法は、少なくとも理論的には、可能である。

「いや不可能だ、プーチンがそんなことを認めるはずはない」というのが、反論の常套句である。だがそれでは戦争を続けていれば、必ず領土の奪還は「可能だ、プーチンに軍事力で無理やりに認めさせてみせる」と言えるのだろうか。

「たとえ不可能でも、仮に戦争が永遠に続くとしても、戦争を続けなければならないのだ」、ということであれば、それも一つの立場ではあるだろう。だがその場合、三つの立場を選択肢として検討する政策論がなされなければならない。

第1に、仮に時間がかかっても交渉を通じて領土の返還を求める立場(停戦を視野に入れる)、第2に、永久戦争を受け入れる立場、第3は、期間を限定して戦争を行いつつ、タイミングを見て第1の立場に移行する立場、である。

全面侵攻当初であれば、第2の立場と第3の立場は、それほど違いはなかった。初動の防衛措置は、いずれにせよ必要だったからだ。だが、2年半もの時間が経てば、当然、事情は異なってくる。

パレスチナ問題を例にとって比較してみよう。世界中の諸国が、イスラエルの違法占領を認識しながら、現在は「停戦」を支持している。イスラエルの違法占領を駆逐するまでハマスは戦い続けるべきだ、と主張している国は、存在しない。しかしウクライナでは、日本を含めたウクライナ支援国は、異なる姿勢を取っている。

そのように考えてみて、あらためて「今日のウクライナは明日の東アジア」というメッセージは何を意味しているのか、わからなくなってくる。

現実の日本のウクライナ政策をそのままあてはめると、「侵略されても戦い続ける」というメッセージだろう。その際に仲間が少ないと負けてしまうので、米国や欧州諸国を味方に引き込むために、欧州での戦争でできるだけ恩を売っておきたい、ということだろう。だがそれで「戦争に勝てる」という絶対的な保証の約束をするのか。あるいは「仮に勝てなくても永久戦争に受け入れる覚悟をする」ということなのか。

もちろん期待する議論の方向性は、石破首相が述べているように、「できれば東アジアでは抑止の機能を高めて戦争が起こらないようにする」、ということだろう。

だがそうであれば、本来、発するべきメッセージは、「今日のウクライナが、明日の東アジアにならないようにする」というものであるはずだ。

そして「なぜウクライナでは抑止が働かなかったのか」という問いこそを、真剣に検討していかなければならない。つまり、単にウクライナ支援策をすごいことであるかのように宣伝するだけではなく、「今、日本が行っているウクライナ支援は、将来のさらなる惨禍の発生を予防する抑止効果があるか」という問いこそを設定して、検討しなければならない。

おそらく、自民党の国民向けメッセージと、実際にやりたい政策論の間には、大きなギャップがある。問題は、首相をはじめとする政治家層が、そのギャップを明らかにしないどころか、自分たちで気づいてすらいないように見えることだ。

ロシアを敵視して軍事力を強化する政策をとる。中国を敵視して軍事力を強化する政策をとる。こうしたわかりやすい短絡的なスタンスだけが、「今日のウクライナは明日の東アジア」という文言とともに、独り歩きしているように見える。

だがそれが具体的に何を意味するのか、現実に可能なことなのか、という面倒な問いは、忌避される傾向にある。せいぜい「アジア版NATO」といった現実離れした抽象的な構想が口走られるだけなのが実情だ。

短絡的な政策は、相手側の強硬な姿勢を、必ず引き出す。いわゆる「安全保障のジレンマ」である。そして最後は勝つか負けるかの世界に陥るだけになる。ロシアとウクライナの関係である。そのとき、勝つのは大きく強い方であり、負けるのは小さく弱い方である。小さく弱い側は、「アメリカが参戦してくれないか」といったことだけに、最後の望みを託すだけだ。

このいわゆる「安全保障のジレンマ」に、中国と比較して圧倒的な劣位にある日本が、積極的に自らを追い込んでいこうとするのは、少なくとも望ましいことではない。これはウクライナの対ロシア政策の教訓と言ってもいい点だろう。

現在、日本の軍事評論家や安全保障の専門家層は、ウクライナが負ける、というシナリオの可能性を考えること自体を拒絶している状態にある。そんなことを認めるくらいなら、永久に戦争をする覚悟を定めるしかない、といわんばかりの様子である。だが、実際には、言うまでもなく、永久戦争など、不可能である。

果たして、「今日のウクライナは明日の東アジア」、とは、実際には何を意味しているのか。日本は、そのメッセージから、どのような教訓を得ようとしているのか。そろそろ冷静な検討に本腰を入れる時期に来ているのではないか。

篠田英朗 国際情勢分析チャンネル」(ニコニコチャンネルプラス)では月二回の頻度で国際情勢の分析を行っています。チャンネル登録をお願いします。