「リントナー・ペーパー」の衝撃:ショルツ政権の土台は再び大揺れ

ドイツのショルツ連立政権は発足以来、何度か危機に瀕してきた。社会民主党(SPD)、「緑の党」、自由民主党(FDP)の3党から成る連立政権はドイツ政界では初の試みだけに、その進展に注目されてきた。というより、いつまで連立政権が維持できるか、といった懸念があった。なぜならば、経済政策、安保政策から社会保障問題まで3党の政治信条は異なるからだ。国民経済は現在、リセッション(景気後退)に陥り、輸出大国ドイツの製品はその魅力を失いつつある。そのような時、FDP党首のリントナー財務相は国民経済の活性化のために提案書(リントナー・ペーパー)を発表したのだ。その内容は、SPDと「緑の党」の経済・環境政策とは全く相反するだけに、ショルツ政権の土台が再び大揺れとなってきた。

ショルツ連立政権からの離脱を考えるリントナー財務相(FDPの公式サイトから)

任期3年目が終わろうとしている。メディアや政界からは来年9月の連邦議会選を前倒し、来年春に早期総選挙の実施を求める声が活発化してきた。野党第1党の「キリスト教民主・社会同盟」(CDU/CSU)からだけではない。ショルツ連立政権の与党3党も次第に次期総選挙の行方に関心が高まってきた。換言すれば、沈没する船舶からいつ飛び出すか、少なくともFDPは考え出してきている。それを裏付けるように、FDP党首のリントナー財務相は先日、「リントナー・ペーパー」を発表したのだ。ドイツのメディアはその提案書を「ショルツ政権からの離婚宣言」と受け取っている。

まず、「リントナー・ペーパー」を簡単に紹介する。①規制の簡素化と官僚主義の削減②連帯付加税の廃止③気候目標とエネルギー政策の見直し④経済政策の方向性の明確化⑤成長促進政策の必要性――だ。

①は問題ないとして、②は連立協定の際にFDPが断念した要求だ。憲法裁判所が近日、連帯付加税の是非で判断を下すことになっている。③は「緑の党」が掲げる「ドイツは2045年までに気候中立を達成する」という方針の見直しを要求するだけに、「緑の党」からの強い反発が予想される、といった具合だ。要するに、「リントナー・ペーパー」にはショルツ政権を崩壊させる爆弾が仕掛けられているわけだ。

リントナー財務相の提案はショルツ首相やハベック経済相から譲歩を得るためといった次元ではなく、抜本的なFDPの政策を総括したものだ。ショルツ政権が今後数週間で、2025年の連邦予算案、成長促進策、年金制度改革などの重要なプロジェクトを推進しなければならない時だけに、与党内の対立を煽る提案書の発表はタイミングが悪い。景気の低迷に対して連邦政府がどのように対応すべきかについて意見の調整が求められているからだ。

リントナー財務相の「離婚宣言」の背後には、9月に実施された東部3州の州議会選で壊滅的な結果を受け、連邦議会選挙での勝機を得るため、連立からの離脱を決めたのではないか、といった憶測が出てくるわけだ。当然の憶測だ。ショルツ船に沈没するまで乗っていたら、次期総選挙でFDPはひょっとしたら連邦議会から完全に姿を消すかもしれない。そんな危機感がFDPの党幹部たちに出てきたのだ。

ショルツ首相は3日、首相府でSPD首脳陣を集め会議を開き、その後、リントナー財務省を迎えて話し合っている。今後数日間、ショルツ首相はハーベック経済相およびリントナー財務省の三者会談を開き、意見の調整というより、連立政権を維持するか、否かを突き詰めて話し合うのではないか。

ドイツ民間ニュース専門局ntvはショルツ政権の今後の見通しとして2つのシナリオを予想している。FDPが連立から離脱し、ショルツ首相は「緑の党」と少数政権を任期満了まで続けるか、早期連邦選挙の実施に向かうかだ。

ntvのニコラウス・ブローメ記者は3日、「リントナー財務大臣が今週見せた行動は、軽率で無謀とさえ言えそうだ。彼が提出した経済・財政政策に関する提案書は、あたかも連立相手に対する挑発であるかのようだ。このリストは、強力な自由主義政党が連立交渉に臨む際の出発点の提案書のように見えるが、実際にはFDPは強くなく、連立も始まりではなく終わりに近づいている」と指摘。同時に、「多くの点でリントナーは少なくとも正しい問いを投げかけ、さらには正しい回答さえ提示している」と述べている。

リントナー財務相が真顔で提案書の内容を考えているのならば、ショルツ政権に留まる理由はないからFDPの離婚は避けられない。ただし、仲の悪い夫婦でも双方が傷つく離婚を避け、生涯付き添っていく老夫婦も少なくない。だから、ショルツ首相、ハベック経済相との3者会談でリントナー財務相が再び妥協、譲歩の道を歩みだすかもしれない。その場合、FDPは次期総選挙でその代価を支払うことになるだろう。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2024年11月5日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。