リベラルとはネオンサインのホルモン屋を守ることである

去年の忘年会で、はじめて池袋西口の「酒蔵 力」(さかぐら りき)に行った。力は1969年に浦和で創業して以来、埼玉を中心に展開している串焼きチェーンで、肉の卸問屋の直営。新鮮なホルモンが売りである。

酒蔵 力 池袋西口店 (池袋/居酒屋)
★★★☆☆3.41 ■浦和の地元人気店が満を持して東京初出店! 新鮮なお肉とホルモンが評判です ■予算(夜):¥3,000~¥3,999

ヘッダー写真のとおり、マジで「昭和のまんま」感を誇るネオンサインは全店共通。近年は池袋西口もそこそこ小洒落て来た分、周囲の電飾との対照ぶりはちょっとびびる。同じエリアで似た空気を漂わせるのは、カラオケパセラの池袋西口店くらいかもしれない。

公式サイトより。
「池袋本店」の方は
洗練された普通のパセラです

 

参加者は写真家の中村治さんに、刊行元Little Man Booksを経営する大和田洋平さん。なんでそんな事態になったかというと、お二人は2021年12月にネオンサインの写真集『NEON NEON』を出していて、その中で酒蔵 力グループを取材している。写真だけでなく、インタビュー入りである。

で、この度刊行になった第二作『NEON TOUR』に、ぼくが文章を寄せさせていただいたので、その打ち上げを力でということになった。昨年末、こちらの記事の最後で紹介したやつである。

年末年始にイベント3つやります!|Yonaha Jun
早いもので2024年も師走。以下のとおり愛媛・新潟と、ふだん足を運ばない土地での登壇にも恵まれた1年になりました。年末から年始にかけて、ネットとリアルのイベントが決まっていますので告知します。 ① 12/12(木)に、浜崎洋介さんとウェビナー 3か月に1度を予定している文春のオンライン番組、年末の開催です!テー...

……いやー、旨かったす。サワー類は度数高めな感じで要注意だけど、個人的に「これがあったらホンモノの店」判定をする、茹でや煮るのではなく焼いた豚足がばっちりあって、量も満腹サイズ。

値段は忘れちゃったけど
ものすごいコスパでした

しかし、飯の話は措いといて、大事なのはなぜ私に依頼が来たのかでした。いくら焼きとんが好物でも、別にそれでお声がかかったわけじゃない。

寄稿させてもらったぼくのエッセイのタイトルは「懐かしさの正体」。どうしてネオンサインのお店が、リアルな昭和をそこまで知らない世代にも、ノスタルジックに映るのかを考えています。

手がかりとして、前作『NEON NEON』からの引用で、文中で採り上げた力の社員さんの発言は――

先代の社長がよくおっしゃっていたのが「おかえりなさい」というキーワードで。お店を見た時にいつもと変わらないうちのネオンがあると、「ここに戻ってこられる」という安心感がある。「あー、戻ってきたんだな」というのが、ネオンで実感できるんじゃないですかね。

強調は引用者

そうなんですよね。安心とは「自分はここに居てもいい」という感覚のことで、そのかぎりでは懐かしい場所に抱く情緒とも重なる。なので、安心感さえ醸されるなら、はじめての場所を「懐かしく」思うことも起きうる。

ではなぜ、ネオンの灯りが安心感をもたらすかというと、色んな意味でキラキラしすぎないからだと思うんですよね。「キラキラした人なら」ここに居ていいよ、という発想が、実際にはネガティブさを抱えた多数の人びとを排除する、多様性と正反対のものである点は、何度も述べてきました。

なぜ承認欲求のためにキラキラすると失敗するのか|Yonaha Jun
いま発売中の『週刊新潮』12月12日号に、JTさんのPR記事の形で1ページもののインタビューが載っています。連続企画の名前は「そういえば、さあ」で、私の回のタイトルは「ネガティヴさを許しあえる社会に」。 ずばり! イントロは「コロナでみんなが自粛しろと言って飲食店を閉めたので、逆に公園で外飲みするのが趣味になりました...

逆にいうと、不安とは「自分がこの場に存在すること自体」をあってはいけない不正義のように感じる状態だ。おまえは十分キラキラしていない、おまえは十分クリーンじゃない、おまえには十分な知識がない……みたいな言い方は、いずれも聞く人から安心感を奪う。

2020年に、新型コロナウィルス禍が始まったときを思い出そう。「知識がある」と称するセンモンカがあらゆるメディアに顔を出し、人知の限界を超えたレベルまで「クリーンであれ」と要求し、実現させればNew Normalな「キラキラした」社会へ行けると高唱した。で、どうなりました?

彼らは「国民の不安を鎮める」と自称したけど、実際には彼ら自身こそが不安の供給源だった。そうしたマッチポンプを止めるには、安心を回復するしかない。ホンモノの言論人は、コロナ禍の最初から最後まで、一貫してそう書いてきた。

100年前の少女たちに学ぶ「成熟による安心」 ~映画『フェアリーテイル』とコロナパニック~(與那覇 潤:歴史学者)#私が安心した言葉|「こころ」のための専門メディア 金子書房
2020年の疫病と不安  世の中には2種類の人がいる。「不安」で他人を動かそうとする人と、「安心」でそれを行おうとする人である。  もちろん正確には、存在するのは2種類の「行為」であって、同じ人が双方のやり方を使いわけることもある。ただ、ここでは伝わりやすくするために、あえて「2種類の人」と書かせてほしい。 ...

で、まさに今回『NEON TOUR』に寄稿のお誘いをいただいた理由が、コロナだったわけです。拙著『歴史なき時代に』(21年6月刊)を読んでくださった中村さんから、熱いお手紙をいただいて実現に至りました。

コロナ禍の自粛により、昔ながらの飲食店が廃業に追い込まれることへの危機感も、前作『NEON NEON』が刊行されるきっかけだったとか。不安に煽られ、バッシングが加速していた当時は、酒蔵 力さんを訪れても純粋に取材のみで、実際の飲食は控えるほどだったといいます。

なので力のオリジナル串、
「骨ボール」も全員が初体験。
うまい!

そうした社会パニックの暴力を、繰り返さないためには、なにをすべきか?

ネガティヴなもの・なくてもいいもの・余計なもの・人によっては忌避されるもの……が、居てもいい場所を守り続けることでしょう。それには過剰にキラキラしすぎない、ネオンの灯りがうってうけなのであって。

ホルモンって味わいに癖があり、形状もちょいグロいから、嫌がって食べない人もわりと多い。通常の肉でも十分とれるんだし、手間暇かけてそんなマイナーな部位を食べられるように加工するのは、「不要不急」の最たるものかもしれない。

低温調理で提供される
レバ刺しの美しさ。
これぞ多様性を守る技術力

だけどそれもまた、ぼくらが歴史の中で育ててきた文化だ。そうしたものに居場所があるのが、誰もが安心できる社会なのであって、ダイバーシティにはキラキラなんて別に要らない

そうしたメッセージを込めつつ、春に出す予定の次著から昭和史と戦後文学のモチーフを借りて、寄稿させていただきました。ぜひ写真集『NEON TOUR』が、多くの読者に届きますように。

NEON TOUR|LMB

P.S.
本写真集の展覧会が、銀座のCanonギャラリーで1/18(土)まで開催され、3月には大阪に巡回予定。10(金)夜には中村さんとのトークイベントもあり、残席の有無は会場までお尋ねください。

中村 治 写真展「NEON TOUR」:キヤノンギャラリー|個人|キヤノン
キヤノンギャラリーで開催する「中村 治 写真展『NEON TOUR』」の詳細をご紹介しているページです。

(なおヘッダーおよび文中の写真は、素人によるスマホ撮影です)


編集部より:この記事は與那覇潤氏のnote 2025年1月6日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は與那覇潤氏のnoteをご覧ください。