
Javier Paredes Perez/iStock
文章にかぎらず、言葉は自信のある論調にしたいものです。描写を的確に言い切るには、具体的な言葉を使い、比喩や具体例を取り入れ、簡潔にまとめることが重要です。
これは、モータースポーツの最高峰F1の1992年モナコGP(5月31日決勝)で実況を担当していた三宅正治さんの渾身のコメントです。この日はルノーのマンセル(優勝争いをしていたドライバー)がトップを快走していました。
残り8周、マンセルが緊急ピットインをしてタイヤ交換をします。ピットアウトしたときには、すでに当時ナンバーワンドライバーだったセナ(ホンダ)が先行していました。マンセルは残り3周でセナに追いつきアタックを試みますが、セナはマンセルをブロックして抜かせません。
このときに発せられたのが以下の言葉です。
ここはモナコ、モンテカルロ、絶対に抜けない!
YouTubeに動画がありましたので当該部分をご覧ください。
なかには、「中継で発せられた言葉だから印象に残ったけれど、文章では伝わらないのでは?」という人もいると思います。たしかに、深夜の生放送で発せられたものです。しかし当時は、YouTubeや動画サイトが存在するわけでもなく、すぐに動画が アップされるような時代ではありません。
年末の「F1総集編」でようやく多くの人がレースを目にすることになりますが、それまでは、文章で語り継がれていったのです。翌日の新聞、雑誌にはレースの模様が描写され、そのなかに「ここはモナコ、モンテカルロ、絶対に抜けない!」の文字が踊りました。レースを見ていない人が活字を読みながら熱狂していたわけです。
もしあのとき、三宅さんの発した言葉が、次のような言葉だったらどうだったでしょうか?
ここはモナコ・グランプリのサーキットです。抜くのは大変でしょう!
これでは、ここまで語り継がれることはなかったかもしれません。
実は、このレースは史上最高のレースともいわれるF1の歴史に残る名レースなのです。2009年の英BBCの特集で、長きにわたってF1の実況を担当したマレーウォーカー氏は、史上最高のレースとしてランクづけをしています。
言葉の並びもありますが、中立の立場である実況のアナウンサーが「、絶対に抜けない!」と言い切ったところが臨場感をマックスに感じさせました。レースを実際に見ていない読者が、レースの内容を知れば知るほど興奮して拡散することで伝説になりました。描写を的確に言い切ることの重要性がここにあるのです。
尾藤 克之(コラムニスト・著述家)
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