Appeal to envy
論敵への羨望心を根拠に論者/論敵の言説を肯定/否定する
<説明>
「羨望心に訴える論証」とは、論者が論敵への【羨望 envy】を根拠にして、自分の言説を無批判に肯定する、あるいは論敵の言説を無批判に否定するものです。
「羨望」とは、自分が求める利益を他者が得ている場合に発生するうらやみの感情であり、他者が不当に利益を得ている場合のみならず、正当に利益を得ている場合にも発生します。
まず、正当に利益を得ている他者をうらやんで発生するのが、自分に対する【不全感 inadequacy】【無力感 helplessness】といった負の感情です。これらの感情は、他者ではなく自分に向かうので「羨望に訴える論証」に利用されることはありません。
一方、正当に利益を得ていない他者をうらやんで発生するのが、他者に対する【不快 displeasant】【怒り anger】【不満 dissatisfaction】【恨み resentment】【嫌悪 disgust】【憎悪 hate】といった負の感情です。これらの感情は「羨望に訴える論証」に利用されます。正当に利益を得ていない論者に対して負の感情をもつのは合理的ですが、そのことと論者の言説の真偽は無関係です。
ここで最も悪質でありがちなのが、正当に利益を得ている論者に対して、あたかも不当に利益を得ているかのように偽って「羨望に訴える論証」を展開することです。
なお、【嫉妬 jealous】は【競争相手 rival】に対して抱く羨望を意味します。
論者Aの論敵Bは羨望心を抱く存在である。
ゆえに論者Aの言説は正しく、論敵Bの言説は誤りである。
<例1>
上流階級には庶民の気持ちなんかわからない。
ありがちな羨望心に訴える論証です。この誤謬は、しばしば【軽率な概括 hasty generalization】と併用されます。「上流階級」という存在に羨望心を抱き、乱暴に結論を導いています。
<例2>
あいつは才能でチャンピオンになった。苦労なんかしたことがない。
これもありがちな羨望心に訴える論証です。
<事例>上級国民
<事例a>ひろゆきが「日本の上級国民」について思うこと『ダイヤモンド・オンライン』 2021/06/26
ひろゆき氏:正義がお金に負けているんですが、それで果たしてよいのかと思わざるを得ないですよね。(中略)
「上級国民」というワードがよく聞かれますけど、政治にコネのある理事長が犯罪してもすぐに釈放されるようなことが現実に起きています。強姦を繰り返している大学生も逮捕されましたが、実家が土建業を営む大富豪であるためか、不起訴となりました。
また、最近では池袋での暴走事故が有名ですが、この先の判決が待たれていますよね。同じようなケースで、60代で人を跳ねたバス運転手がいましたが、その人は逮捕されました。なのに、池袋の事故のときはなぜか逮捕されなかったんです。
ひろゆき氏は「上級国民」という羨望の対象が金で正義に打ち勝っているかのように主張しています。しかしながら、逮捕の有無は必ずしも正義の可否とは一致しません。
<事例b>「上級国民」は逮捕されない?死亡事故を起こした人が受ける4つの責任『FINDERS』 2019/07/08
渡邉祐介弁護士:先日の池袋の高齢者による交通事故で加害者が逮捕されないことで、ネット上などでは加害者の経歴を理由に「上級国民」だからといって逮捕されないのはおかしいという声が多く挙がっていました。
一般に誤解されやすいのですが、「逮捕」とは、犯罪を犯したが故になされるわけではなく、犯罪を犯した疑いがある(逮捕理由がある)段階の人を捜査するにあたって、身柄拘束の必要性がある場合になされる手続きです。ですから、そもそも犯罪を犯した疑いが濃厚だったり、発生した結果が重大だったりしたからといって、かならず逮捕されるというもわけでもありません。
逮捕の必要性については、逃亡や証拠隠滅の恐れがあるかどうかという点で判断されます。判断において考慮される事情としては、被疑者の年齢、境遇、犯罪の軽重・態様その他さまざまな事情から判断することとされており(刑事訴訟法規則143条の3)、考慮要素も定められているのです。
ですから、「上級国民」という言葉はさておき、社会的な立場が高い人の場合、逃亡の恐れは低いだろうということも判断の考慮要素にはなるのです。
この部分だけを取り上げると、「地位が高ければ逮捕されないのはおかしい」という意見にもつながりやすいと思います。でも、そもそも逮捕という手続きは、犯罪の有無を確定させるための過程で必要な場合にされる一時的な身柄拘束にすぎず、被疑者に対する刑罰ではありません。地位が高いと刑罰が軽くなるという話であれば不公平ですが、犯罪や刑が確定しない逮捕手続きの段階であるという理解を前提にすると、また見方は変わってくるのではないでしょうか。
2021年9月2日、池袋の暴走事故を起こした人物(当時90)に禁錮5年の実刑判決が下されました。ちなみに前出のバス運転手は、禁錮3年6カ月の実刑判決を受けています。正義は金に負けていません。
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