ブランシャールもシムズも提案した「インフレ税」は可能か

池田 信夫

2月の消費者物価上昇率(帰属家賃を除く)は4.3%になったのに、加藤財務相は「まだデフレを克服していない」と語り、石破首相は当初予算とは別に「強力な物価高対策」を打ち出すと決意表明した。

国民民主党は、参議院の公約にまた「基礎控除178万円」を打ち出し、維新や立民も減税ポピュリズムに合流している。日銀もトランプ関税などの様子見で及び腰なので、このインフレは当分続くだろう。

チャットGPT

「インフレ税」は理想の税

それは必ずしも悪くない。かつてクルーグマンやブランシャールも、日本に「4%のインフレ目標」を提言したことがある。4%のインフレが5年続けば物価は21%上がり、政府の実質債務は270兆円減る。実質賃金も預金の実質価値も2割下がり、年金も2割下がる。

インフレ税は、原理的には国内のすべての資産に均等に課税でき、ほとんどの人が課税の痛みを感じない理想的な税である。シムズは具体的にその制度設計を提案した。彼の理論(FTPL)によれば、政府債務が維持可能な均衡条件は

物価水準=名目政府債務/財政黒字の割引現在価値(*)

だが、日本政府では右辺の分子は1300兆円、分母はマイナスなので、この式は成り立たない。投資家が完全予見の合理的主体なら、日本国債を買わないはずだが、現実には国債は消化されている。これは日本政府の信用、いいかえれば右辺の分母に国債バブルBが加わっていると考えられる。物価水準を1とすると、均衡条件は

名目政府債務=財政黒字の割引現在価値+B

このBの値は将来の財政赤字を帳消しにするので非常に大きく、投資家の心理に依存する変数である。もし多くの投資家が政府債務の維持可能性に疑念をもつと、長期金利(政府のリスクプレミアム)が上がってBが縮小し、(*)式より物価水準が上がる。これがいま起こっていることだ。

ここで石破首相が「インフレを4%に維持するために強力な物価対策を取る」と宣言して、10兆円の給付金を全国民に配布するとインフレが加速し、外資系ファンドが財政の維持可能性に疑念を抱いて国債を売り、長期金利が上がり、国債が売られる…というループに入る。

4%のインフレ税は政治的に可能か

これはブランシャールもいうように(自己実現的な)サンスポット均衡なので、投資家の心理に依存するが、投資家の心理を政府がコントロールできれば、ゆるやかなインフレを続けることも可能だ。

政府が消費税の増税を延期すれば、財政赤字が増えてゆるやかなインフレを起こすことができるというのがシムズの案だった。日本政府は過剰に信用されているので、その信用を少し毀損して実質債務のデフォルトをするわけだ。彼は安倍首相に面会して提案したが、さすがに安倍首相も乗らなかった。

もちろんリスクは大きい。政府が物価をコントロールできないと、オーバーシュートしてハイパーインフレになる。逆に国民のインフレへの不満が高まると政権が倒れるが、既得権を破壊して日本経済を「デトックス」するにはいいのではないか。

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