今年が戦後80年……とはよく聞く定型句で、ぼくも何度も書いてはきたが、ひょっとするとそれは嘘なんじゃないかと、最近思い始めた。
その戦争を覚えていて、振り返り、論じることが大切だとする感覚があるから、「戦後何年」という言い方が意味を持つ。逆にいうと、もはやそうした気持ちを国民にもたらさない戦争に関して、ぼくたちは(たとえば)今年を「日清戦争後130年」と言ったりしない。
なので、日中/太平洋/大東亜戦争……云々の「戦後」という意識がすっぽり消えているなら、今年は別に戦後80年じゃないのだ。談話を出す・出さないをめぐる石破茂首相のぐだぐだも、そこから生じる混乱と捉えるのが本質的だろう。

さて、ぼくも昔やってたわけだが、歴史学者、とりわけ日本近代史を専門とする人たちは、そんな現状になにを言うべきか。
10年前、2015年の安倍談話の起草に深く関わった、政治史家の北岡伸一氏は、今年1月の日本テレビのインタビューに、こう答えている。

私は、国際的な標準的な立場を打ち出して、A級戦犯合祀だけは引っかかるが、それ以外のことは日本がやっている事はちゃんとしていると打ち出したら、実は海外もほとんど納得してくれた。のみならず、国内の右派・左派もほぼ納得してくれた。内外の歴史論争にかなりの程度ピリオドを打てたのではないかと思っている。
(中 略)
前のような村山談話、あるいは戦後60年の小泉談話、戦後70年の安倍談話のような、日本の過去を振り返って今後どうする、という談話はもういらないと思う。――戦後70年談話で「謝罪外交」には区切りをつけたということか?
一つの区切りはついた。これを下手に“寝た子を起こすようなこと”になることはやめてほしいと私は思っている。
賛否は別にして、ものすごい自信である。10年前の安倍談話で、戦争責任や歴史認識をめぐる問題は「解決した」というわけだ。含意をより敷衍するなら、もはやかつての戦争に起因する諸問題は「存在しない」ので、そもそも今年は戦後80年ではない、とさえ言えるのかもしれない。
不思議なのは、当時もし安倍さんが「歴史論争は決着です」などと発言したら、うおおおアベ政治を許さない、もっと戦争の反省が必要! と大騒ぎしたはずの歴史学者のみなさんが、いまダンマリなことである。え、そうなの? じゃあ「安保法制で戦前に戻る」とかは、なんだったの?(笑)
……ちなみに、ぼくも安倍談話は歴史問題を終わらせたと思うが、理由は違う。誤りのない内容によって、正攻法で問題を「解決」したというよりも、歴史自体をもう別のものに変えてしまって、単に問題を「解消」したのだ。
それでほんとうに、いいんだろうか。
「よくない!」と断言する自信があるかというと、実は、ない(苦笑)。だけど「戦後」という過去の振り返り方には、いまあるぼくたちの現状の由来を探り、違う可能性に気づかせてくれるというくらいの意味なら、今日もあると思っている。
今週発売の『表現者クライテリオン』5月号が、特別寄稿の形で、来月5/15に出る拙著『江藤淳と加藤典洋』の一部を、先行公開してくれた。題して、「「政権交代」への文学 椎名麟三に読む「対米自立と中道連立」」。

大好きな椎名麟三の小説『永遠なる序章』(1948年6月)を読み解く形で、ほんとうに「戦後史」には、いまに続くような道しかなかったのか。最初は別のコースがあり得て、それを同時代の日本人も支持していたのが、途中で見失われて今日に至るのでは? という問いを、考えている。
『永遠なる序章』が出たのは、太宰治が自殺する月である。椎名は戦前に投獄され、転向した元共産党員だが、戦後に注目されてからはむしろ、軍国主義を信じたがゆえに時代の転換に悩む、元皇国青年からも慕われていた。後の三島由紀夫よりも、よっぽどガチな右翼と対話していたのだ。
そうして書かれた作品から、いまどんなメッセージを受けとることが、できるだろうか。

今回、雑誌への転載にあたって附した、その意義を説く序文を以下に掲げる(拙著には入らない)。同誌を手に取り、「戦後」にまだできることを考えてくれる人がいるなら、とても嬉しい。
戦後80年の夏が近い。意外にもそれは、久しぶりに歴史が政治と噛みあって、大きな変化を起こす転機になるかもしれない。
思えば戦後40年にあたる1985年の終戦記念日には、中曽根康弘首相による靖国神社の「公式参拝」が波紋を呼んだが、国内政治の変動につながることはなかった。戦後50年だった95年は、社会党首班の村山富市首相による「談話」で知られるが、これも前年に生じた連立組み替えの結果で、そこから新しい政治が始まる性格のものではない。
戦後60年の2005年の夏は、小泉純一郎政権が「郵政民営化政局」(8月8日に衆院解散)に突き進み、歴史などは話題にすら上らなかった。戦後70年にあたる15年は安倍晋三政権だが、このときも安保法制の国会審議が山場を迎え(9月に参院で可決・成立)、国民の目線は過去より現在に集中している。
だが2025年、石破茂首相の下で自公連立は少数与党に転じており、7月の参院選は衆院とのダブル選挙も予想される。次なる政権の選択と、戦後80年を迎える姿勢の当否が絡みあい、大きなハレーションを起こす可能性はゼロではない。長い忘却から甦って、ふたたび「昭和史」が政治の現場を揺るがす事態は、起きるだろうか。
昨年、本誌の連載をまとめた浜崎洋介編『絶望の果ての戦後論』(啓文社書房)を、文学から読み解く戦後史の試みとして印象深く読んだ。もしいま同書に新たなリクエストを寄せるなら、むしろ「希望」を戦後の小説から読み出す営みは、あり得ないのか――。この問いに尽きよう。
編集部のご厚意を得て、5月に刊行する拙著『江藤淳と加藤典洋 戦後史を歩きなおす』(文藝春秋)から特に、この夏の政治と歴史の帰趨を占う一章を先行して公開したい。本誌が口火を切って、歴史を踏まえて政治の変革を論じる季節が再来することを期待している。
算用数字に改め、強調を付与

(ヘッダーは、拙著の最後のゲラより。予約お願いします!)
編集部より:この記事は與那覇潤氏のnote 2025年4月16日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は與那覇潤氏のnoteをご覧ください。