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今回紹介する、『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』(神田裕子著・三笠書房刊)は出版前にも関わらず炎上騒動に巻き込まれている。
2025年4月18日、日本自閉症協会が意見書を公表した。それによれば「書籍が、自閉スペクトラム症を含む障害のある人たちの人権を侵害するおそれがあることを懸念する」と声明を公開している。
4月22日発売予定の新刊「職場の『困った人』をうまく動かす心理術」(三笠書房)についての意見です。
かかる書籍が、自閉スペクトラム症を含む障害のある人たちの人権を侵害するおそれがあることを懸念します。https://t.co/2OYLr8QW7l pic.twitter.com/FuK1EfZ8pB
— 一般社団法人日本自閉症協会 (@asjoffice) April 18, 2025
版元の三笠書房も釈明に追われている。私にはジャーナリストとして公平な立場で取材を行うことが求められる。本書を入手したので解説したい。
【三笠書房の公式見解】
神田裕子著『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』について
出版前に大炎上している本書ではあるが……
ケース紹介:反応しない「無気力型」に困った!
Eさん(エンジニア・40代)は、入社2年目の部下であるFさんへの対応に苦慮している。Fさんは、何を尋ねても「はい」「いいえ」しか答えない。ちょっと突っ込んで「どうして『はい』と返事したの? 君はどう考えているの?」と質問しても、「はあ…」と言ったきり沈黙が続く。職場での状況
業務自体は黙々とこなしており、誠実な印象はあるが、自発的にコミュニケーションを取ろうとはしない。社内イベントにもほとんど参加しないので、職場では浮いた存在になっている。特に困るのが、報告・連絡・相談がないため、Fさんの仕事の進捗状況を把握できないということだ。ある日、Fさんの担当顧客からの連絡で、Fさんのミスが発覚した。Eさんの対応
とうとう堪忍袋の緒が切れたEさんは、「いったい君は何を考えているんだ?」「報告くらい、ちゃんとしなさい!」と、Fさんを叱りつけた。次の日から、Fさんは会社に来なくなった。著者の解説
「いるいる、こういう人!」「あー、まさに今自分が悩んでいるのと同じような話だな」。そんな感想を持った方もいるかもしれない。そして、多くの人がどう対処したらよいのかと恐れ、途方に暮れているのではないかと思う。人は、未経験の物事に恐れを抱く。「こんな人、今までいなかった! どうやって接したらいいんだろう?」という戸惑いが、恐怖心につながるのだ。
本書では、このような流れで社内のよくある現象が紹介され、それに対して著者の解説が加えられている。一貫しているのは、知ることの重要性を示唆している点である。Fさんのような人は、どこの会社にもいるだろう。どのような人が上司になったとしても、対処方法がわからなければEさんのように叱りつけることがあるかもしれない。わかっていれば防ぐことができた事案でもある。
※ 引用部分は読みやすいようにアレンジを加えている。
様々な視点からの考察
本書をめぐる議論には複数の観点があり、それぞれ検討する価値がある。
日本自閉症協会の懸念
日本自閉症協会の意見表明は当事者団体として重要な問題提起である。障害特性を「困った人」という枠組みで論じることが、誤解や偏見を助長する可能性があるという指摘は真摯に受け止める必要がある。特に、障害特性を持つ人々が「困った人」というレッテルで一括りにされることへの懸念は理解できる。
三笠書房の対応
三笠書房の公式見解では、本書の意図が「障害に対する理解を深めるもの」であり「障害を持つ方々への差別を助長するものではない」と述べている。著者も同様の見解を示している。
職場のコミュニケーション課題
本書が扱う職場でのコミュニケーション問題は、多くの人が直面する現実的な課題である。上記の事例のようなコミュニケーションの困難さは、障害の有無にかかわらず様々な背景から生じる可能性がある。こうした問題への対処法を議論することそのものには意義があると言える。
言葉が社会に与える影響は無視できない。特定の表現が障害への偏見を強化する可能性がある一方で、現実の職場での課題を議論する上でどのような表現が適切かについては、継続的な検証が必要である。
今後に向けて
今回のようなケースは、単なる「炎上」で終わらせるのではなく、社会全体が多様性への理解を深める機会として活用することが望ましい。障害当事者の尊厳を守りながら、職場での実践的な課題解決について建設的に議論するためには、当事者団体と出版関係者、そして読者を含めた幅広い対話が必要である。
本書の内容については、読者一人ひとりが当事者の視点も含めた多角的な視点から読み解き、自分なりの見解を持つことが望ましい。職場での多様性を理解し、適切なコミュニケーション方法を模索するための一助となる内容である。
尾藤 克之(コラムニスト・著述家)
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『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』(神田裕子著)三笠書房
[本書の評価]★★★★★(90点)
【評価のレべリング】※ 標準点(合格点)を60点に設定。
★★★★★「レベル5!家宝として置いておきたい本」90点~100点
★★★★ 「レベル4!期待を大きく上回った本」80点~90点未満
★★★ 「レベル3!期待を裏切らない本」70点~80点未満
★★ 「レベル2!読んでも損は無い本」60点~70点未満
★ 「レベル1!評価が難しい本」50点~60点未満
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