老後の価値観:「俺の40年は何だったのだろう」という疑問を探る旅

日経に気になる記事があります。ひとつは「リタイア後はどこで暮らす? 田舎暮らしとFIREのリアル」であります。これは50代でリタイアするいわゆるFIREに飽きて現役に戻る「脱FIRE」に関する指摘です。

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「数年前、非常にはやったFIRE(Financial Independence, Retire Early =経済的な自立による早期リタイア)ですが、最近はあまり聞かなくなりました。理由は簡単、インフレのせいでそれまでの前提だったロジックが崩れたのと、人間は社会的な生き物であり、お金のためだけに働いているのではないからです」とあり、「それもあって最近では、FIREしたけど再就職する『FIRE卒業』がトレンドワードになったりしています。運用難で資産が減ってしまったこと、毎日自由に生きてみたけど退屈や孤独に耐えられなくなったことなど、様々な事情があるようです」と。

FIREの話は以前何度かこのブログでも触れたと思います。あくまでも個人の価値観なので何が正しいという答えはありませんが、私も確か50代でFIREしたら暇を持て余すだろうと述べた記憶があります。

私が東京に仕事で行く場合、仕事の開始は午前5時とか遅くても6時です。理由はその時間はバンクーバーの午後1時なのでバンクーバー時間に合わせて仕事や打ち合わせができるからです。そして日本時間の午前9時=バンクーバーの午後5時から日本の仕事をするのがほぼサイクルになっています。するとだいたい午後3時ぐらいになると集中力が切れます。なので仕事を止めてさて、となりますが、誰も遊んでくれません。お勤めの方との飯は午後7時とか8時に指定されるからです。つまり暇だったのです。(この5年ぐらいはそんな年齢でもないので一人の方が助かりますが。)この暇を持て余す、が実に苦痛であったわけです。(きっと反論される方は「暇も慣れれば受け入れられる」とおっしゃるのでしょう。)

私は上述の記事は全般的に私の価値観に非常に近いものがあり、全面的に賛同できるのですが、最大のキーワードは「人間は社会的な生き物であり、お金のためだけに働いているのではない」という点です。

私の周りでも早くリタイアしたいという方は何人かいらっしゃいます。その理由は概ね「サラリーマンの性」に対する長年の我慢や鬱積することであり、解放されたいというお気持ちの方が多いように見受けられます。40年間も組織内のガバナンスや人間関係の中にいればうまく立ち回ったり出世した人ならともかく、出向や転籍を経ながらも住宅ローンを返済し、家族を養い、子供を社会に旅立たせるという人間生活の使命において選択肢すらない方もいらっしゃるわけです。「私も雇われの身ですから」というのは日本にいると本当によく耳にする言葉なのです。

こう見るとお金のためだけに働いていないというのは美辞麗句で、実態はリタイアの年齢になるとボロボロになっているケースもある訳です。これではセミの抜け殻のようなもの。ならばまだ生気がある50代のFIREには意味があるだろう、と。おまけに年収カーブは40歳代の終わりから50代の初めをピークに下がるのです。経験値を持っているはずなのに働いても年収が下がるなんてそんな馬鹿な話はないだろう、というお気持ちを汲めばFIREする方の主張もごもっともと思います。

とすれば「人間は社会的な生き物」という部分において実は社会人で前線に立つ40年間こそ、社会的な生き物として国家を支えてきたのだ、とすればリタイア後ぐらいはのんびりさせてよ、でよいのだと思います。

但し、ゆっくりしすぎるとボケてしまうというリスクがあります。特にお勤めの方の中には頑張りすぎて「燃え尽き症候群」になる方もいらっしゃるでしょう。そんな方には家庭菜園など「土いじり」はよいと思います。「人は土に還る」という言葉通りなのです。私は経営するシニア向けグループホームの庭に家庭菜園の場所を作ったり当初の工事で十分にできなかった植栽の作業を少しずつやっています。土を動かし、芝の種をまき、散水し、この時期は1年草を植える準備をしたりするとき、「土いじりはなかなかいいものだ」と思います。正直、この年齢まで鍬(すき)を使ったことはなかったし、それを使う日が来るとも思いもしませんでした。

老後の価値観は行動をすることによって発見できるでしょう。いろいろな人と接点を持ってみるのは楽しいと思います。かつてある大手上場企業の副社長までされた方がリタイア後、当地になじもうと努力されたのですが、「杵柄(きねづか)」がいつまでも邪魔をして災いし、うまく立ち回れませんでした。企業でどれだけ素晴らしい肩書があったとしても「退職したらただの人」であってそこからはスクラッチで生きること、そしていろいろな人のいろいろな声に耳を傾け、先入観を持たないことが大事だと思います。大工さんも植木職人さんも料理人も皆とても深い人生を送ってているのです。そんな人の話を聞いていればふと「俺の40年は何だったのだろう」という疑問すら出てくるかもしれません。それが老後への哲学であり、価値観を探る旅になるのでしょう。

では今日はこのぐらいで。


編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2025年4月29日の記事より転載させていただきました。

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会社経営者
ブルーツリーマネージメント社 社長 
カナダで不動産ビジネスをして25年、不動産や起業実務を踏まえた上で世界の中の日本を考え、書き綴っています。ブログは365日切れ目なく経済、マネー、社会、政治など様々なトピックをズバッと斬っています。分かりやすいブログを目指しています。