5/10(土)に、専修大学で第1回の「現代フェミニズム研究会」が開催される。参加費や事前の申し込みは不要で、誰でも聞きに行けるそうだ。
第1回とあるとおり、立ち上がったばかりのサークルのようなもので、正式な学会等ではないから、ふつうの人は存在も知らないだろう。しかし、ネット上のトランスジェンダー問題ウォッチャーにとっては、立場を問わず、いま最も注目されているイベントと言っていい。
研究会の趣意書は、上記の公式サイトで読める。冒頭部には、
フェミニズムやその周辺領域の研究に取り組む(とくに若手の)研究者が、研究発表や研究交流をもつことができる場所、また様々な領域や地域で活動するフェミニストたちが互いの活動について経験や知恵を共有しあうための場所が、もっと増える必要があると私たちは考えました。
強調は引用者
と、非常によいことが書いてある。
ところが読み進めると、この会の目的はフェミニストに交流の機会を提供し、幅広いフェミニズムの研究や実践を支援することではなく、特定の立場だけを「正しい」フェミニズムだと認定して名称を独占し、異なる立場を貶めることが目的のように思えてくる。
フェミニズムの名の下に行われる差別や暴力が無視できないものとなっている現実です。とくに問題視しているのは、2010年代の終わりごろから見られるようになった、「フェミニスト」によるトランスジェンダーへの差別的な攻撃・差別扇動的な言説(ヘイトスピーチ)の拡大です。そこには、ジェンダーやフェミニズムを研究してきた一部の研究者も加担しています。
私たちは、そのような研究者らの言動を厳しく批判するとともに、そのようなフェミニズムとは異なるフェミニズムの研究を発展させ続ける場所が必要であると考えます。
段落を改変
ここで言われる「差別」や「暴力」とは、いったいなんなのか? なんの具体例もない以上、この文章は「私たちと違うトランスジェンダー問題の捉え方は、差別であり暴力なのだ」と、一方的に宣言するものにすぎない。
その直前の段落には、
多くの人の感情に訴えかけ、SNS上での「拡散」を通じて主張を広めるという実践のありかたには、複雑な現実を過度に単純化したり、「敵・味方」関係を固定化させたりといった、限界が付きまといます。……
現在では、多くのフェミニスト研究者もSNSを利用していますが、とりわけフェミニズム研究を行う者たちは、このような限界につねに自覚的でなければなりません。
と書いてあるのに、次の段落では自らそれを裏切っているわけだから、この趣旨文の著者の知能の程度は相当に低いと断じてかまわない。
さて、「SNS上での「拡散」を通じて主張を広め」た結果、「複雑な現実を過度に単純化し」、「「敵・味方」関係を固定化させた」果てに大炎上して消えたフェミニズムの運動の例として、私たちは2021~22年にTRA(Trans Rights Activists)が主導したオープンレターを、もう知っている。

確認がくどくて恐縮だが、TRAの主張は「トランスジェンダー女性は100%の女性であり、当然に女性スペースの利用や女子スポーツへの参加が認められ、違和を唱える行為は差別だ」というもので、そのオープンレターとの密接なつながりは、具体的な人名も挙げて上記の記事で分析した。
このTRAの本場はイギリスだったが、英国最高裁は先月4/16、判事間で割れることなく全員一致で、その主張を否定した。性別をトランスする権利は個々人にあるが、それは社会における「生物学的な性別」を無効にしないというあたりまえの話で、目下の労働党政権も歓迎している。
最高裁は16日、「2010年平等法における『女性』と『性別』という用語は、生物学的女性と生物学的性別を指す」との判断を判事5人による全員一致で下した。
ブリジット・フィリップソン英女性・平等担当相は22日、BBCに対し、最高裁判断は、トランス女性は男女共用トイレなどの代替設備がない限り、男性用トイレを使用しなければならないことを意味すると述べた。
さらにITVニュースで、トランスジェンダーの人々を含むすべての人々が利用できる安全で適切な場所を企業が確保することを望む」と付け加え、トランスジェンダーの人々も「尊厳と敬意をもった扱いを受けるべきだ」と述べた。
これに対して、日本(のとくにSNS)でTRAの旗を振ってきた学者たちは、総じてダンマリだ。いまほど公開書簡(Open Letter)を発して、堂々と自らの認識を語るべきときはないのに、そうした動きは目にしない。

末尾に名簿を示すとおり、むしろ逆にかつて「オープンレター」に集った彼ら・彼女らは、一見すると価値中立的に見える「現代フェミニズム研究会」なる別団体を立ち上げ、上記のように趣旨文にこっそりとTRAの主張を書き込み、非公然の形で支持者を集める路線に転換している。
これは旧統一教会などの新興宗教が、学生の信者をリクルートする上で用いたことで有名な「ダミーサークル」の手法だ。最初は特定の宗旨との関連を名乗らず、「現代の生きづらさを考える勉強会です」といった名目でメンバーを勧誘し、徐々に信仰を刷り込んでゆくのである。

ダミーサークルを使った学内での新歓に
警戒を呼び掛ける慶応大のチラシ。
2022.8.12の朝日新聞より
「大学の先生が、まさか」と思うかもしれないが、実際に「現代フェミニズム研究会」の賛同人名簿には、こう書いてある。
研究会にご参加のうえ賛同いただける方は、順次こちらに追加していきます。
要するに5/10の研究会を聴講に行った場合、明確に「拒否」の意思を示せばむろん別だろうが、なんらかの手段で「会の趣旨に賛同した」と見なされた際に、TRA的な主張を含む趣旨文の賛同人として名前が載ってしまうリスクがあるわけだ。まことに、大学キャンパスの一寸先は闇である。
後日、別の記事を出す予定だが、この旧統一教会めいたTRAの蠢動は、新たな(ダミー)サークルの立ち上げのみでなく、既存の学会の乗っ取りにまで発展しつつある。「学問の自由の危機」とは、こうした事態をいう。
それでは最後に、この2025年の「現代フェミニズム研究会」の賛同人名簿と、21~22年のオープンレター署名簿を対照した結果を掲げておこう。もしあなたにとって大事な人が、この団体にかかわろうとしていたら、なにより「大丈夫?」と声をかけてあげてほしい。
かつてキャンパスで起きた、旧統一教会の悲劇を、繰り返さないために。

「学問の自由への侵害を止めるためにどうか」に続く動画より。
発言者と文脈についてはこちらを
レター呼びかけ人→「研究会」呼びかけ人
隠岐さや香(東京大学)、河野真太郎(専修大学)B. レター呼びかけ人→「研究会」賛同人
北村紗衣(武蔵大学)、小林えみ(よはく舎)、小宮友根(東北学院大学)、清水晶子(東京大学)、松尾亜紀子(エトセトラブックス)、三木那由他(大阪大学)、山口智美(立命館大学)C. レター署名者→「研究会」呼びかけ人
越智博美(専修大学)、高井ゆと里(群馬大学)、田中東子(東京大学)、ハーン小路恭子(専修大学)D. レター署名者→「研究会」賛同人
岩川ありさ(早稲田大学)、大河内泰樹(京都大学)、小川公代(上智大学)、上岡磨奈(白鴎大学/慶應義塾大学)、西條玲奈(東京電機大学)、斉藤正美(富山大学)、関口洋平(フェリス女学院大学)、関根麻里恵(学習院大学)、武内今日子(関西学院大学)、竹田恵子(東京外国語大学)、田尻歩(東京理科大学)、筒井晴香(実践女子大学)、中井亜佐子(一橋大学)、永冨真梨(関西大学)、中村香住(慶應義塾大学)、西亮太(中央大学)、平森大規(法政大学)、古久保さくら(大阪公立大学)、松永典子(早稲田大学)、森山至貴(早稲田大学)、山田亜紀子(サッフォー)、吉原ゆかり(筑波大学)E. レター署名なし→「研究会」呼びかけ人
なしF. レター署名なし→「研究会」賛同人
井谷聡子(関西大学)、岡崎佑香(立命館大学)、菊地夏野(名古屋市立大学)、小手川正二郎(國學院大学)、三部倫子(奈良女子大学)、清水知子(東京藝術大学)、高橋幸(石巻専修大学)、高原幸子(金沢星稜大学)、中條千晴(リヨン第三大学)、平山亮(大阪公立大学)、藤高和輝(京都産業大学)、前川直哉(福島大学)、槇野沙央理(日本大学/立教大学ほか)、三成美保(追手門学院大学)、守如子(関西大学)、山根純佳(実践女子大学)、李美淑(大妻女子大学)
「研究会」の名簿は5/4時点
(肩書も同名簿による)
参考記事:

編集部より:この記事は與那覇潤氏のnote 2025年5月8日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は與那覇潤氏のnoteをご覧ください。