パワハラより厄介な「ホワイトハラスメント」

黒坂岳央です。

世の中の職場からドンドンパワハラが消え、労働者にとって大変働きやすい社会が到来した。

「何も言われない」「怒られない」「気を遣ってもらえる」、心を揺さぶる出来事がなくなったのだ。一見、理想的な職場環境のように思える「ホワイトハラスメント」と呼ばれる、現代型の“優しすぎる上司問題”が起きている。

maroke/iStock

ホワイトハラスメントとは何か?

ホワイトハラスメントとは、上司や先輩が「配慮」や「優しさ」の名のもとに部下への指導や責任の付与を避け、成長機会を奪う行為を指す。パワハラのような攻撃性は見られないが、部下や新人はスキルを身につける機会を失い、キャリア形成に深刻なダメージを受けることになる。

日本企業における2023年の調査(厚生労働省)では、若手社員の約30%が「上司からのフィードバック不足」を感じ、成長機会の欠如を退職理由に挙げるケースが増えている。見方によっては、パワハラ以上に長期的な悪影響を及ぼす問題と言えるかもしれない。

最近は若手社員の中に「出世は罰ゲーム」「ミスを指摘されたら診断書提出」「気に入らない会社はSNS晒し」といった問題行動をする人もいる。そうした行動に育成を諦めた上司から行われるのがホワイトハラスメントだ。

部下には一切の指摘もなく、簡単な業務ばかりを任され続ける。部下としては「ミスが少なく評価されている」と思いがちだが、昇進の話も具体的な仕事のフィードバックもなく、同期は重要案件を任され始める中、自分だけが取り残されていく感覚に苛まれる。そして「このままでは成長できない」と危機感を持ち、最終的に退職を選ぶように仕向ける。

このような“戦略的な放置”が、ホワイトハラスメントの本質である。

結局、誰が最も損をする?

表面的には「怒られない」ことで精神的に楽かもしれない。最近話題の「静かな退職」を望む人には一時的に心地よい環境かもしれない。だが成長機会を奪われた部下は、気が付けば「仕事ができない中年」になってしまう。静かな退職は勤務先が継続する前提なので、いざリストラや勤務先の倒産で人生が詰む。

特に20代〜30代前半は、キャリア形成の基礎を築く重要な時期であり、経験不足は将来の選択肢を大きく狭める。実際、経済産業省の2024年レポートでは20代で実務経験が不足した社員は、40代での転職成功率が平均より20%低い傾向にあるというデータがある。

放置をする上司のキャリアは守られるが、部下はそうではない。この構図を考えると、最も深刻な被害者は指導を受けられず、キャリアアップできなかった部下自身なのだ。

また、ホワイトハラスメントでチーム全体の生産性が落ちる。責任を引き受ける人材が育たず、イノベーションも起こらない。組織の競争力は静かに損なわれていく。

欧米諸国では、フィードバック文化が深く根付いている。たとえば米国では、上司と部下の1on1面談が定期的に実施され、建設的な批判も“部下へのリスペクト”と受け取られることが多く、部下の側も指摘に対して騒ぎ立てることは少ない傾向だ。

筆者は複数の米国系企業で働いた経験があるのでその肌感覚からいえるが、特に米国では上司が強力な人事権を持っており、部下は上司に逆らえず日本より簡単に解雇される。そのため、ホワイトハラスメントという現象は起こりづらい。

一方、日本は年功序列や空気を読む文化で上司も「波風を立てないこと」を望む。これは結果として、面倒な部下に対して「叱らない」「関わらない」職場を助長することになっている。

上司も困っている

「上司の責任逃れでは?」という反発も想定される。本来、上司は部下より多く給料をもらっているので、全員がプレーヤーとして働く以上にマネージャーを置く方がパフォーマンスが高まる構図を作る責任があるといえる。そういう意味で、ホワイトハラスメントは健全とは言えないだろう。

だが、昨今は部下のパワーがあまりに強くなりすぎた側面は否定できない。本来、部下は指示通り遂行する責任を負い、上司は仕事の結果の責任を取るものだ。

2024年の人事院調査では、若手社員の約15%が「上司の指示に納得できない場合、従わない」と回答している。本来、これはビジネスマンとして間違った行為と言える。仕事の責任を取るのは上司の役割であり、正当な理由のない業務命令違反は労働契約上の義務違反となり懲戒処分の対象なのだ。

だが米国と違って簡単に解雇することができないとなれば、上司は「お手上げ状態」だ。人は意識ではほぼ変わることはできない。ホワイトハラスメントが起きれば転職しか方法がない。だが、いつまでも若くはないのでそれも難しくなる時がやってくる。

1on1で面接をする機会を設けることで、積極的な信頼関係の構築などできることはまだ多く残されている。だが、それは部下側に「聞く耳」を持っている場合に限られるだろう。部下が静かな退職で逆襲する時、上司もまたホワイトハラスメントで迎え撃つのだ。

 

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働き方・キャリア・AI時代の生き方を語る著者・解説者
著書4冊/英語系YouTuber登録者5万人。TBS『THE TIME』など各種メディアで、働き方・キャリア戦略・英語学習・AI時代の社会変化を分かりやすく解説。