コロナ自粛警察とウクライナ応援団:宴の後に来るもの

Aja Koska/iStock

コロナ禍の時代に一世を風靡した西浦博教授が、再び話題を呼んだ。

西浦博氏の「トイモデル」の誤りは最初からわかっていた(アーカイブ記事)
「コロナで42万人死ぬ」とか「8割削減が必要だ」と風説を流布し、日本社会を恐怖に陥れた西浦博氏が「あれはトイモデルだった」と言って批判を浴びています。これはアゴラでも初期から指摘したことです(2020年6月3日の記事の再掲)。 よ...

「西浦モデル」については、コロナ禍の頃、私もブログ/『アゴラ』さんを通じて、随分と批判的な文章を書いた。

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当時は、重要性に引き寄せられて書いてみたのだが、常識論の観点から疑問を呈しただけのつもりだった。ただ「門外漢は黙れ」といった類のことも随分と言われた。

当時は、「自粛警察」とも呼ばれる人たちが、西浦教授の批判者に対する誹謗中傷の社会運動を活発に行っていた。「自粛警察」の方々にとって、「西浦モデル」はある種の教典バイブルであり、西浦教授はカリスマ的な指導者と言っていい存在だった。

驚くべきことに、後日「西浦モデル」の信ぴょう性が本格的に広く疑われるようになった後も、「西浦先生は社会に警鐘を鳴らしたのだから、やはり尊敬されるべきだ」と擁護された。つまるところ、人々を恐怖のどん底に陥れ、「自粛警察」の活動に勢いを与えてくれたので素晴らしかった、というわけである。

道徳的に正しい目的が手段を正当化するという主張だと言ってよい。しかもその道徳的に正しい目的とは、「最大限に他者に自粛をさせること」だった。

過去を反省するのは、誰にとっても簡単なことではない。特に、日本のように同調圧力の強い社会では、反省に基づく事後的な検証は行われにくい。すべてが人間関係あるいは社会権力の構図に還元され、うやむやにされることが多い。

コロナ対策は、日本社会を激しく疲弊させた。経済活動の停滞のみならず、平時ではありえない巨額の財政出動は日本の財政に甚大な負担を作り出した。あれは何だったのか。専門家層の科学的な分析とあわせて、社会現象の分析もまた、必要であろうと思われる。

最近は私は「ウクライナ応援団」系の方々の批判をすることが多いが、正直、社会現象として、かつてのコロナ禍の様子との類似性を感じている。

「専門家」と呼ばれる方々がマスメディアに登場して、深刻な表情で、まず恐怖を煽る。それから、自分の指示に従った対策をとれば、明るい未来につながる、という物語を提示する。

「ウクライナ応援団」系「専門家」の方々によれば、「ウクライナは勝たなければならない」「ロシアは負けなければならない」。なぜなら、そうでなければ、プーチンはウクライナ全土を支配するだけでは飽き足らず、欧州を支配し、遂には北東アジアでも侵略を開始することは間違いないからである。中国も便乗して台湾侵攻を開始するだろう。北朝鮮も攻撃作戦を開始するに違いない。

この悪夢を防ぐためには、ウクライナを支援することが不可欠になる。「この戦争は終わらないので、どこまでもウクライナを支援しなければならない」と主張する「専門家」は、あらゆる苦難を乗り越えてウクライナを強力かつ長期にわたって支援していけば、いつかウクライナが勝つと説く。自国の経済にも悪影響が出る措置であっても気にせずロシアに不利になると信じる政策をとっていれば、いつかロシア経済は崩壊すると説く。

あわせて、日本も防衛費を拡大させ続け、欧州諸国などとの軍事連携を強めれば、中国も抑止され、北朝鮮も抑止されるだろう。

もしこの物語に異論を唱えるような者がいれば、その者は定義上「専門家」ではない。それどころか、「虚栄と独善」にやられて「闇落ち」した「親露派」の「老害」だ。

「ウクライナ応援団」の「この戦争は終わらない」主義はどうなるのか
アラスカで米ロ首脳会談が開催された。メディアの論評を見ると、会議前には「ウクライナ抜きで和平を進めるな」の大合唱だった。会議後には「和平が達成できず、成果なき会談だった」と力説している。 アメリカはウクライナの最大支援国ではあ...

私が「西浦モデル」と「ウクライナ応援団の物語」に類似性を感じるのは、現実よりも「モデル/物語」を優先させる態度だ。

「コロナ自粛警察」の方々は、瞬間風速のある日の新規陽性者数を、恣意的なやり方で「西浦モデル」にあてはめて、現実離れした主張につなげた。現実の新規陽性者数の推移が「西浦モデル」に従っていなくても、正しいのは「モデル」のほうだと考えて現実を無視した。新規陽性者数の増加が鈍化傾向に入っていることが顕著な段階になってもなお、「これから何万人も死ぬ、自粛が必要だ」と叫び続けた。

「ウクライナ応援団」の方々は、恣意的なやり方で「勝利の物語」にあてはめて、現実から乖離した主張をすることが多い。2023年以降ロシアが前進し続けている事実にはふれず、「F16が(・・・HIMARSが・・・ATACMSが・・・)がゲームチェンジャーになる」、「クルスク侵攻で遂にロシアが苦境に陥る」といった主張を続ける。

ウクライナの「クルスク侵攻」で浮き彫りになった、世界とは異なる「日本の言論空間の事情」
ウクライナ軍がロシア領クルスク州への侵攻を開始してから、約一か月がたった。初期の段階では、一般の方々のみならず、数多くの軍事専門家や国際政治学者の先生方の間でも、ウクライナの「戦果」を称賛する高揚感が広がっていた。今にして思うと、瞬間的なお祭り騒ぎのようだった。

トランプ大統領の言葉の端々の拡大解釈などを駆使して、「欧州の統一メッセージがトランプに突き刺さった」、といったニュースの解説を続ける。

現実の観察を通じた傾向分析ではなく、瞬間的な事例を「物語」にあてはめる解釈だ。その「物語」が後に現実との乖離を見せても、「われわれはプーチンに屈しないための活動をしただけだ」と言えば全て免責される仕組みである。

「欧州の統一メッセージがトランプに突き刺さった」主義の日本の国際政治学者の今後
8月15日にトランプ大統領はプーチン大統領と首脳会談を開いた後、8月18日にゼレンスキー大統領と首脳会談を持った。欧州諸国の指導者7名があわせてワシントンDCを訪れた様子は、特別なものではあった。ただ、私が繰り返し述べてきているように、紛争...

もしこの「ウクライナ応援団」系専門家の支配が、コロナ禍の「自粛警察」と同じような展開を辿るとしたら、狂騒の後何が残るだろうか。

失望して進路を見失った社会の停滞と、「宴」の後の巨額の財政赤字だろう。ただし、何があっても、反省や事後検証がなされることはないだろう。

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