9月1日の『産経』は岸田文雄前首相が8月28日の札幌市内での講演で言い放った驚くべき発言を報じた。同記事が「」書きにした岸田発言を繋げると以下のようになる。
世界の主要国では自国第一主義や移民排斥など極めて排他的な右派政党がどんどん伸長している。・・英国では今、リフォームUKが勢力を伸ばし、チャーチルやサッチャーを始めとする伝統ある保守党は、第4党にまで退潮している。包摂的で穏健な伝統的保守党が退潮している。・・米国は共和党政権だが、かつてのリンカーンやレーガンといった伝統的な共和党とは全く異質のもの。看板は共和党だが、実質的には『トランプ新党』に乗っ取られてしまった。良き共和党は見る影もない。・・多くの国々では、穏健な保守政党が退潮し、排他的な右派政党が勢いを増すことによって、国民が分断されていると指摘されている。
筆者はこの岸田発言の前段部分を「どこかで読んだことがある」と思い、PCのファイルを探した。そして見つけたのが、24年10月26日付の、エマニュエル前駐日米国大使が『Politico』のニュース責任者アレクサンダー・バーンズから受けたインタビュー記事で、エマニュエル氏はこう述べていた。
(英国の)労働党と保守党の対立、フランスとマクロン大統領、ドイツのAfD、トルドー首相が直面している逆風、バイデン大統領、アメリカの正しい方向と間違った方向、これらを見ればCOVID-19の影響は単に身体にだけ及ぶのではない。政治体制全体に及ぶのだ。そして日本もその影響から逃れられない。If you look at Labour versus Tories, you look at France and Macron, you look at AfD in Germany, you look at the headwinds Trudeau’s facing, you look at President Biden, right track-wrong track in the United States — the impact of Covid is not just on the body. It’s on the body politic. And Japan is not immune from that.
確かに英首相は保守党スナクから労働党スタ―マーに代わり、カナダ首相も同じ自由党のトルドーからカーニーに代わり、米国はトランプがバイデンからバトンを受けたハリスを大差で破った。これが新型コロナの影響だったかは疑問があるが。
それはさて措き、このエマニュエル発言を読むと、岸田発言はエマニュエル氏に吹き込まれた情報を喋っているだけに思える。というのも、この『Politico』記事の見出しは「‘Everybody’s Just in a Pissed-Off Mood’: Rahm Emanuel on the Big Campaign He Can’t Run」、和訳すれば「皆ただただ腹を立てる」:エマニュエル氏、自身が出馬できない大きな選挙について語る」で、自身が米大統領選に出馬できなかった恨み節だが、岸田氏についてこう語っている遣り取りがある。
Q:岸田氏とは本当に絆があったのですね?
A:私は岸田首相と深い絆で結ばれていました。そこで首相に個人的な贈り物をしました。ドジャースとシカゴ・カブスの日本人選手2名、そしてそれぞれの選手のサイン入りユニフォームです。岸田氏はかつて二塁手でした。
Q:(日本の)新首相が就任する時期と、(米国の)新大統領が就任する時期が重なった場合、そこに不確実性が生じる可能性はありますか?
A:仮定の話に答えるのは好きではないので慎重でありたいと思う。が、・・「岸田首相とそのチームの下では、関係性の安定性と、個々の人物との長い歴史に基づく意思決定と実行力に、我々は慣れ親しんできた。それが今、変わりつつある」。
エマニュエル氏からの強い圧力で、岸田氏は23年5月、LGBT理解増進法の議員立法を衆議院に提出、可決させた。そのことは安倍自民を国政選挙で6連覇させた保守層を離反させた上、総裁選でLGBT法案反対の高市氏を勝たせないよう、解散したはずの岸田派に石破支持の号令を発して念を入れた。斯くて誕生した石破政権がしないはずの早期解散を打ち、総選挙で大敗したのである。それらの多くを岸田氏が招いたことは明らかだ。
岸田発言の後段のトランプ批判もエマニュエル氏の強い影響が垣間見える。オバマ側近のエマニュエル氏は民主党の有力者で、バーンズ氏は彼を「伝説的な米国の政治戦略家」とまで言っている。そのエマニュエル氏が深い絆で結ばれた岸田氏に、自分や親分の政敵であるトランプ氏の悪口を様々吹き込まれたとしても、何らの不思議もない。
岸田首相とエマニュエル駐日米国大使 2024年9月 政府広報オンラインより
が、トランプの共和党が、「リンカーンやレーガンといった伝統的な共和党とは全く異質のもの」で、「看板は共和党だが、実質的には『トランプ新党』に乗っ取られてしまった。良き共和党は見る影もない」とまで言い切ってしまって良いものか。これは昨年の大統領でトランプに投票した77百万人余りの米国人を愚弄して余りある。
続く「穏健な保守政党が退潮し、排他的な右派政党が勢いを増すことによって、国民が分断されていると指摘されている」とのフレーズも、岸田氏が本当にそう考えているとすれば、即刻、議員を辞さねばなるまい。むしろ国際社会は、行き過ぎたポリコレ、排他的なCRT(批判的人種理論)やDEI、過度な気候変動原理主義、不法移民の流入などに辟易し、トランプのいう「常識革命」を支持している。
その証拠に、8月20日の親トランプ紙『Breitbart』が「調査:民主党は政党支持率を追跡する全30州で登録争いに敗れており、450万人の有権者が共和党に流れている」との見出し記事を掲載した。同記事は反トランプ紙『New York Times』の引用記事なのだから、『Breitbart』の捏造ではない。
記事は、民主党にとって更に心配なのは、このデータが、民主党活動家たちがもはや党の実績ある手法に頼って傾向を逆転させることはできないことを示唆しており、パニックに陥った党幹部や評論家たちは党の選挙の見通しを復活させる方法がわからなくなっているということだと述べて、次のデータを紹介している。
政党別に有権者登録を追跡している30州のうち、20年から24年の選挙では、民主党は全ての州の支持率で共和党の後塵を拝し、その差はしばしば大きく広がった。この4年間の共和党への支持率の振れ(swing)は450万人に上り、民主党がそこから抜け出すには何年もかかる可能性がある深い政治的空白となっている。
まるで石破自民党の急激な得票の落ち込みを読むような錯覚に陥るが、記事はこう続く。
トランプ氏の新たな共和党連合は、複数の人口統計層での支持獲得によって成立したため、民主党は下降傾向を反転させるために人種的マイノリティの支持を獲得すつという手段に立ち戻ることができない。NYT紙の報道は以下の通りである。
左派は長年、黒人、ラテン系、そして若年層の有権者登録を、身元を明かす必要のない人々から寄付を募る非営利団体の広範なネットワークに頼ってきた。これらの団体は、形式上は無党派だが、登録する新規有権者の大半は民主党に投票するだろうという前提が根底にある。
改めて念を押すが、これがあの反トランプ紙『New York Times』の記述なのである。岸田氏の冒頭の発言は執念深いトランプ氏の脳にしっかり刻まれているだろう。前政権及びその後にでトランプと敵対したボルトン安全保障担当補佐官、ペンス副大統領、ポンペオ国務長官らへの対応を見るにつけ、これから最終版を迎える日米関税交渉を、岸田氏が作った石破政権が担当することのリスクが如何ばかりか想像できよう。
筆者が本欄に「岸田のままでは自民党はおろか日本も危うい」と書いてから、この19日で丸3年が経つ。その間に岸田氏が初期対応やハンドリングを誤った自民党に係る主な案件は、「旧統一教会との断絶」「LGBT法の推進」「不記載問題」の三つだ。
が、