韓国慶州で先般開かれたAPEC最大のトピックの一つはトランプ大統領が、「私は彼ら(韓国)に、現在保有している旧式で機敏性に欠けるディーゼルエンジンの潜水艦ではなく、原子力潜水艦の建造を承認した」と10月30日(米国東部夏時間)、「Truth Social」に書き込んだことではなかろうか。
筆者はトランプ発言に驚くと同時に、このニュースの舞台裏を韓国紙で読み、如何にもトランプ氏と李在明氏の交渉らしい、その同床異夢ぶり、見事な擦れ違いぶりに思わず笑ってしまった。が、この曖昧な合意らしきものの成り行きは、我が国の原潜保有や安全保障の在り方に多大な影響を及ぼす。
そこで本稿では、原潜に係る今般の米韓合意の現在地とここに至るまでの韓国の潜水艦やミサイルの開発について述べ、あわせて今般、高市自民が維新との連立政権合意書に明記した「次世代の動力を活用したVLS搭載潜水艦」についても触れてみたい。

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韓国の安保事情
10月30日(同上)の『News Max』は「トランプ氏:韓国は原子力潜水艦の建造を承認された」との見出し記事で、冒頭に記したトランプ氏の投稿を報じた。記事にはトランプ氏が「潜水艦は韓国企業が投資を増やしているフィラデルフィアの造船所で建造される予定だ」とも記されていた。
記事は「これは韓国が原潜を保有する少数の国の仲間入りを果たすことになる劇的な動きとなった」としつつ、「李氏は韓国が核燃料を再処理するための許可を求めた」と述べ、「韓国産業省の当局者はフィラデルフィアでの潜水艦建造に関する詳細な協議には関与していない」と語ったことにも触れた。
ことの真相を韓国紙『中央日報』が11月4日、「『燃料承認』求めたら『米国で建造を』 …原子力潜水艦をめぐる韓米の立場の食い違い」との、そのものズバリの見出しで報じている。10月29日の会談で李氏が核燃料の供給承認を求めたところ、トランプ氏が翌日、上述の書き込みをしたというのだ。
記事には、魏聖洛国家安保室長が1日、「様々な発言があり混乱しているが、我々が主に米国に支援を求め」「承認を受けたのは燃料だ」と明確に述べたとあり、「軍事的目的で使用するため(の承認)だ」と説明したとある。これが事実なら李在明氏は、トランプ氏の書き込みにさぞかし驚いたに違いない。
経過はともかく、韓国は「原潜用核燃料」の供給についても、原潜の建造にもトランプ氏からOKが出たのだから、普通なら欣喜雀躍のはずだ。ところが、韓国側ではトランプ氏が書き込んだフィラデルフィアの造船所(フィリー造船所)での原潜建造は多大な投資が必要なので無理、としているからややこしい。
そういえば9月には、米当局が現代自動車系のバッテリー工場で違法就労していたとして475人を強制的に拘束し、その内の韓国人300人以上を帰国させた事件があった。この先、米国の造船所で原潜を建造するにしても、設備投資以外の様々な課題が待ち受けていることだろう。
ペンシルベニア州フィラデルフィア市は海に面していないが、東南を流れるデラウェア川沿いに港湾施設が並ぶ。一角にあるフィリー造船所は、元はノルウェー企業「Aker」の造船部門だったものを、24年6月に韓国のハンファオーシャンが1億ドルで買収し、傘下に収めた(24年6月の『中央日報』)。
記事によればフィリー造船所は、米運輸省海事局の大型多目的訓練船、海洋風力設置船、官公庁船などを建造した経験があるという。またハンファオーシャンは、23年末にオーストラリア造船企業オースタル対しても約1千億円で買収を提案していて、目下、審査中とのことだ。
造船シェア世界第2位の韓国は斯く海外投資に動いている。ハンファのみならず「最大手のHD現代重工業も米造船会社と連携し、米海軍の補給艦開発や建造に関心を示す。将来的に米国への艦艇の輸出につなげる狙いがある(10月28日の『日経』有料記事)」。
が、米韓関係はそう単純ではない。筆者は23年5月の拙稿「日韓シャトル外交を評価すべき理由」で尹大統領訪米の一番の成果に「ワシントン宣言」を挙げた。尹氏は「韓米安保同盟は核をベースにした新しいパラダイムにアップグレードされた」「米国の核の運用に関する情報共有、共同計画、共同実行のプロセスで『宣言』をしっかり具体化していく」と強調した。かつて朝鮮戦争で干戈を交えた、今や共に核保有国となった北朝鮮(と中国)と休戦中で、かつ地続きなのだから当然の自衛策である。
韓国は昨年、島山安昌浩型潜水艦を就役させ、同系艦を3隻とした。KSS-IIIなる計画に基づくもので、21年以降3隻毎に設計を改良し、合計9隻を建造する予定だ。韓国初の潜水艦建造計画KSS-Iではドイツの209型をライセンス方式で9隻を建造し、続くKSS-IIでもドイツの214型を9隻建造、18年まで18隻の潜水艦運用体制を整え、これらを順次新鋭艦に切り替える(李相會『韓国海軍の新型潜水艦が持つ技術的特性と運用上の含意』」)。
島山安昌浩型潜水艦の目玉が、SLBM(潜水艦発射弾道ミサイル)と垂直発射システム(Vertical Launch System):VLSだ。SLBMは玄武2B型地対地弾道ミサイルを改良した玄武4-4型で、射程距離500㎞、弾頭重量1トンに及ぶ。これにより、潜水艦から大型通常弾頭での陸上施設打撃が可能になった。
韓国のミサイル開発は朴正熙政権下の70年代後半に遡る。米国が供与したナイキ・ハーキュリーズをリバース・エンジニアリング(=模倣)した地対地ミサイル「白熊」だ。そこで韓国の核保有を懸念した米国は、弾道ミサイルの射程距離と弾薬量に制限を加え、それが21年に解除されるまで続いていた。
玄武4-4型とVLS搭載潜水艦の登場は、韓国が敵の核攻撃(第一撃)後も残存して報復攻撃を行える、第二撃能力を保有する国になったことを意味する。目下は通常弾頭だが、核弾頭への置き換えも可能だ。となれば、それを搭載する潜水艦も長距離・長時間の潜航可能な原潜を求めるのが成り行きである。
「核燃料」についても韓国には制約がある。韓米は73年以来の原子力協定を15年に改正したが、使用済核燃料についての制約が残っていて再処理ができない。また原爆と関係ない20%未満のウラン濃縮にも米国の同意が必要で、濃縮技術はあるが、核燃料となる3~5%の低濃縮ウランは輸入だ。今般李氏はこの制約撤廃の承諾をトランプ氏から得たのだろう。
日本はどうか
その使用済核燃料の再処理とウランの濃縮について、日本は88年の米日原子力協定改正で権限を手にしている。が、前述した魏国家安保室長の発言通りなら、今般韓国は日本と同等の権限を得たことになり、またトランプ氏の投稿通りなら、同時に原潜保有の承諾も得たことになる。
そうなると韓国は、原子力動力と核燃料の入手さえできれば、既にVLSを搭載している島山安昌浩型潜水艦の動力をディーゼル+燃料電池から原子力に切り替えれば、玄武4-4をそこから発射できるようになる。そして中国と北の核抑止には、その弾頭を通常弾頭から核弾頭に変える日を待つのみとなる。
その点、日本の最新鋭「らいげい」型潜水艦は、全長こそ83.5mの島山安昌浩型とほぼ同じ84mだが若干細身(幅9.0m対9.6m)であり、ミサイルも対艦ミサイル・ハープーンしか装備されていない。そこで、今般の自民と維新の連立合意書に以下のように記したのである。
連立合意書 4. 外交安全保障政策
✓反撃能力を持つ長射程ミサイル等のスタンド・オフ防衛能力の整備及び展開先の着実な進展と、次世代の動力を活用したVLS搭載潜水艦保有に係る政策推進
筆者は高市総裁誕生の翌5日、「高市新総理はトランプ大統領に『JAUKUS』を提起せよ」と題し、既に外交日程に上っていたトランプ氏との会談で、日本のAUKUS参加を提案すべきと書いた。それ即ち、原潜の保有だ。トランプ氏が豪州に「AUKUSに基づき」「3〜5隻を提供する計画を予定通り進める方針を29日までに固めた」と報じられたから「脈あり」と考えた。
李在明氏がAPECに絡めた首脳会談で、トランプ氏に核燃料のことを要望することは報じられていたが、まさか原潜建造の話にまで及ぶとまでは想像していなかった。ならば「JAUKUS」は更に脈ありだ。
高市氏が「JAUKUS」の話をトランプ氏にしたかどうかは判らない。が、防衛省が設置した「防衛力の抜本的強化に関する有識者会議」が9月19日、「原子力潜水艦の導入を念頭に置いた報告書をまとめ」て以来、小泉防衛相の「VLS搭載潜水艦の次世代の動力として原子力も排除しない」発言などもあり、その機運が高まっていることは確かだ。
最後に念を押せば、長距離・長時間潜航できる原潜の真の威力は、VLS搭載によって海中から核ミサイルを発射する能力を備えてこそ発揮できる。だからこそ原潜保有国は須らく核ミサイル保有国なのであり、その秘匿された「第二撃能力」によって、互いに核戦争を抑止し合っているのである。






