
Visions/iStock
仕事の日に「睡眠不足を感じている」というビジネスパーソンは、実に74.6%——。寝具メーカーが実施した調査では、働く人の4人に3人が睡眠の悩みを抱えている実態が明らかになりました(参考・ビジネスパーソンの2人に1人は「理想の睡眠時間を確保できない」…約9割が重視している「スリパ」とは? マイナビニュース 2024/10/9)。
あまり意識されていませんが、実は睡眠の質には口呼吸が深く関わっています。さらに、睡眠不足だけでなく、口呼吸はさまざまな不調を引き起こす原因にもなります。
本稿では、睡眠不足をはじめとしたさまざまな不調を引き起こし、仕事の効率にも悪影響を及ぼす口呼吸について、歯科医師の視点からセルフケアの方法とともに考えてみたいと思います。
仕事のパフォーマンスと睡眠、そして口呼吸の関係
睡眠不足になると仕事のパフォーマンスが下がる。これは多くの人が体感していることだと思います。実際、筑波大学による調査でも働いている人のパフォーマンス低下にもっとも強く影響しているのは、男女ともに「睡眠による休息の不足」だということが明らかになっています(参考・働いている人のパフォーマンス低下への影響が強いのは[睡眠不足・運動不足・就寝前の夕食] 企業従業員1.2万人超の特定健診データを調査 保健指導リソースガイド 2023/11/27)。
しかし、睡眠の質に口呼吸が関係していることはあまり意識されていません。
口呼吸は、いびきや睡眠時無呼吸症候群(SAS)を引き起こします。
睡眠時無呼吸症候群とは、睡眠中に呼吸が止まったり浅くなったりする病気です。日本におけるSASの潜在患者は約900万人とも言われ、近年では芸人のサバンナ・高橋茂雄さんもSASの治療を受けていることを公表しています(参考・睡眠時無呼吸症候群、潜在患者は国内900万人 治療中のサバンナ高橋さん「検査受けて」 産経新聞 2024/11/19)。
いびきや睡眠時無呼吸が起こるメカニズムには、舌の位置が深く関係しています。
舌が上あごにしっかりついて鼻呼吸ができていれば、気道が確保され、鼻から入った空気がのどを通って正常に肺に送られます。
しかし、舌が上あごにつかず口呼吸になっていると、下がった舌根が気道を狭くしてしまいます。睡眠時の仰向けの状態は、重力の影響で舌がさらに下がります。
狭くなった気道で空気が振動して出る音がいびき、さらに悪化し、気道が完全にふさがって一定時間以上呼吸が止まってしまうのが、睡眠時無呼吸の状態です(図1)。睡眠の質を低下させるいびきや睡眠時無呼吸の主な原因が口呼吸なのです。

図1 いびきと無呼吸の状態
口呼吸はさまざまな不調を引き起こす
口呼吸が怖いのは、睡眠の質以外のさまざまな不調や体のゆがみにつながってしまうところです。
たとえば、慢性的な口呼吸は、歯並びに大きく影響します。歯は本来、土台がしっかりと成長できていれば、自然ときれいに生えてくるようにできています。
しかし、舌が上あごにつかない口呼吸が常態化すると、唇側の筋肉からかかる力に負けて上あごが狭小化します。するとスペースが十分に確保できなくなり、歯がきれいに並んで生えられなくなってしまうのです。
また、口呼吸が常態化していると、気道を確保しようとして無意識に頭全体を前に突き出したり、あごだけを前に突き出すようになり、猫背などの姿勢のゆがみや受け口にもつながります。
姿勢が悪化すると、身体が脳へ効率よく酸素を取り込むことができなくなり、集中力の低下を招いてしまいます。そのほか、あまり筋肉を使わない口呼吸は、首や顔回りのたるみも引き起こします。
近年、口呼吸に端を発する骨のゆがみが、歯並びのみならず、気道や鼻腔の問題など、多くの問題の共通原因とみられる症例が多くなっています。
私が患者300人を対象に実施したアンケートでも、歯並びの問題とともに、中耳炎(29.5%)やアレルギー性鼻炎(29%)、副鼻腔炎(14.3%)、気管支喘息(12%)無呼吸(10.4%)などの慢性疾患を併発しているケースが多いことがわかっています(図2)。

図2 歯の問題以外の疾患を持つ患者の割合
口呼吸は、睡眠や歯並び、姿勢などに悪影響を及ぼし、ビジネスパーソンの健康、ひいては仕事のパフォーマンスを阻害する原因となるのです。
オフィスや自宅で隙間時間に実践できる口呼吸改善法
どうすれば口呼吸を防げるのでしょうか?
ポイントは、正しい舌の位置と筋肉の使い方です。オフィスや自宅で隙間時間に実践できるセルフケアをお伝えします。
<口呼吸改善トレーニング>
舌も筋肉の一つです。舌の筋力の低下が口呼吸を招きます。よって、舌の筋肉のトレーニングが重要となります。
1. 口を開けた状態で、舌の下にあるひだを伸ばし、舌先を上あごの「スポット」に当てます。スポットとは舌が正しい位置にある際に舌先が付くべき場所のことで、上あごの前歯裏側より少し後ろの粘膜が膨らんだところからさらに少し後ろ、上の前歯の裏側の付け根から5mmくらい後ろが目安です。
2. 舌の根元を押し上げることを意識し、舌全体を上あごに付けます。この状態だと鼻呼吸が自然と促されます。
「スマホを触るたびにチェック」など、一日のうちに何度もこの舌のポジションを確認する習慣をつけると、効果が表れやすくなります。
ほかにも、大きく口や舌を動かしながら「パパパパ」「タタタタ」「カカカカ」「ララララ」と発音する「パタカラ体操」や、大きく口を動かしながら「あー」「いー」「うー」「べー」と発音する「あいうべ体操」が効果的です(図3)。

図3 パタカラ体操
<口呼吸改善マッサージ>
舌の筋肉は、頭頚部など他の筋肉とも連動しています。これらの筋肉が硬くなると、舌の位置を引き下げることにつながります。よって、それらを柔らかくするマッサージが有効です。
・口の中に指を入れ、頬の内側やほうれい線にあたる部分をマッサージします。
・首の後ろや後頭部を手のひらでマッサージします。
・頭皮を指先で触り、皮が動きづらいと感じるところをほぐすようにマッサージします。
以上のように、睡眠不足、慢性的な疲れ、原因がはっきりしない不調に悩むビジネスパーソンは、自身の呼吸や歯並び、骨格のゆがみなどに目を向け、セルフケアや専門家への相談を行うことで、改善につながる可能性があります。
■
岡井 有子 歯科医師/医療法人社団セントワ こどもと女性の歯科クリニック院長
産婦人科看護師から歯科医師に転身。骨格へのアプローチにより中顔面の健全な成長を導き、ヒト本来の正常な口腔機能を取り戻す「RAMPA治療」を強みに、2017年には国内では数少ない専門クリニックを開院。これまでの治療実績は600人超。慢性疾患や先天性疾患患者の治療も手がけ、国内外学会で改善事例を多数報告している。
【関連記事】
■ なぜ今、企業が「アート的思考」を求めるのか?美術教育が社会に示す可能性(尾竹仁)
■ UUUMの二の舞?VTuber事務所にみる“人で稼ぐ”モデルの崩壊リスク(濵口誠一 中小企業診断士)
■ 資格試験に受かる人と落ちる人の決定的な違い(横須賀輝尚 経営コンサルタント)
■ 変動金利は危険なのか?(中嶋よしふみ FP)
■ 世帯年収1560万円の共働き夫婦は、9540万円の湾岸タワーマンションを買えるのか? その1・生活費は800万?(中嶋よしふみ ファイナンシャルプランナー)
編集部より:この記事は「シェアーズカフェ・オンライン」2025年7月17日のエントリーより転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はシェアーズカフェ・オンラインをご覧ください。






