ベネズエラがアメリカ化するのか、アメリカが「ベネズエラ化した」のか

2026年のnote初めは、違う記事を準備していたのに、とんでもない事態が起きたので手短かに。

トランプ政権がベネズエラのマドゥロ大統領を拘束したと聞いて、冷戦世代が思い出すのは、米軍がパナマで起こしたノリエガ将軍逮捕だろう。当時は歴代屈指の外交通だったブッシュ(父)が大統領で、日付も1990年の1月3日だった。

パナマ侵攻

侵攻を正当化する理由が「麻薬戦争」な点も同じだが、しかしパナマとベネズエラでは国の規模が違う。ベネズエラの方が人口は7倍近く、面積は10倍以上で、油田が豊富な資源大国でもある。

マドゥロが独裁者で、めちゃヤバい政治をしていたのは事実だが、だからといって外国が「斬首作戦」で体制転覆を試みていいかは別だ。もっともトランプは第1次政権の際、北朝鮮にも試みかけたと、少なくとも報じられたことはある。

はい、いつものなんでも書いてある本いわく——

平成育ちによるはじめての決定版平成史『平成史―昨日の世界のすべて』與那覇潤 | 単行本 - 文藝春秋
平成育ちによるはじめての決定版平成史 『知性は死なない』『中国化する日本』で知られる歴史学者による、小泉純一郎から安室奈美恵まで網羅した30年間の見取り図。『平成史―昨日の世界のすべて』與那覇潤

2018年の3月……トランプが突如として北朝鮮の金正恩委員長との首脳会談を発表、国際政治に激震が走りました(同年6月に、シンガポールで実現)。わずか1年前には空母2隻を日本海に展開して北朝鮮を激しく威嚇、空爆ないし金委員長の暗殺作戦も間近だと報じられた直後の手のひら返しで、全日本人があっけにとられたのです。

事実、安倍政権の応援団を外れて身軽になっていた中西輝政氏は、17年3月には保守系識者の会合でも米国は「いつ」攻撃するのかが話題となり(つまり、開戦が自明視されていた)、核保有国への先制攻撃は「あり得ない話」と一蹴したら座が白けたと暴露しています。

511-2頁
(表記を改め、強調を付与)

今回の件でコメントを出している諸々の “専門家” には、まず①「ところで、2017年にはどうお考えでした?」と訊いてみるのが、その人を信用するか否かを判断する、最良の指標になろう。

次に、2022年の2月にロシアのプーチン大統領が始めた「武力による現状変更」も、当初の目的はウクライナのゼレンスキー大統領への斬首作戦だったろうと、多くの人が言っている。

公平に見て、腐敗した政権でもベネズエラよりはウクライナは “まとも” だったが、②「トランプはOKでプーチンだけNGなんすか? 経済制裁しないんすか?」を識者に確認するのも、重要だろう。

ウクライナ政治の悲劇: 民主化への道はどう「戦争に」開かれたか|與那覇潤の論説Bistro
あまり知られていないが、ヘッダーの左の本の著者は私の指導教員である。専門が明治維新史なので、実は私も博士論文は「実証的」な明治史だった(笑)。かつ琉球処分という「領土の併合」を国際関係史の立場で研究したので、ウクライナでいま起きている問題にも関心を持ってきた。 開戦から2か月強の時点で、「はっきり勝ち負けをつける」形...

しかしまぁ、すごい世界になったものである。

近年流行りの「勢力圏」の議論に従えば、中南米はアメリカの・旧ソ連はロシアの勢力圏なので、それ以外の国への “主権侵害” には互いに目をつぶることに将来なるのかもしれないが、いやいや、そりゃなかなか怖い。

ウクライナは主権国家でなくなるのか(文春plusでウェビナー配信中です)|與那覇潤の論説Bistro
3/11にサウジアラビアでの協議で、米国とウクライナが「暫定停戦案」に合意した。もっともロシアが乗らなければ意味がないので、今後の帰趨はトランプとプーチンのディールに委ねられよう。 先月末にホワイトハウスで「停戦を拒否している!」と痛罵されたゼレンスキー大統領には、欧州諸国から同情が寄せられた。しかし実際のところ、戦...

勢力圏で大国にだけそんなことが “許される” 理由が、結局は核保有だということになると、斬首されなかった北朝鮮のように「小国ほど核を持とう!」な流れが生まれるかもしれない。もちろんそれは、昨年来のイラン問題にも跳ね返る。

つくづく恐ろしい話だが、もしかするとそれは、核を独占する国の暴走にそこそこは抑制が効いていた戦後史(冷戦史)というテープの、聞かれざるB面を再生し直すような未来かもしれない。

「見えない原爆投下」がいま、80年後の世界を揺るがしている。|與那覇潤の論説Bistro
昨日発売の『潮』9月号で、原武史先生と対談した。病気の前には原さんの団地論をめぐり『史論の復権』で、後には松本清張をテーマにゲンロンカフェで共演して以来、3度目の対話になる。 今回はともに5月に出た、私の『江藤淳と加藤典洋』と原さんの『日本政治思想史』の内容を交錯させながら、いま、江藤と加藤から戦後史をふり返る意味...

さすがにここまでの事態は想定しなかったが、アメリカとベネズエラ、とりわけトランプに関して、2018年にぼくはこう予言したことがあった。

今回も「はい的中!」(笑)と叫ぶのかは、読者にお任せするけど、まぁ、まずは読んでみて。

2016年11月のトランプ大統領当選の報を、歴史学者であった私はうつ状態からのリハビリ中に聞きました。利用していたリワーク・プログラムには毎月、興味を持った書籍を紹介しあう時間があり、翌月に取りあげたのがR・キャロル『ウーゴ・チャベス』です。

英国紙の記者がベネズエラ国内で支持者・批判者双方に取材した同書は、米国の対テロ戦争を強く批判し「反米の英雄」として中南米のカリスマとなった大統領チャベス(執政1999~2013年)が、実はイラク戦争の最大の受益者だった事実を描き出します。戦争による原油価格の高騰が産油国ベネズエラのプレゼンスを増大させ、大胆な社会政策の原資を作りました。しかし一時的な外貨の流入に依存した再分配は持続できず、後継のマドゥロ政権下ではいま、経済の崩壊が進んでいます。

グローバル経済の相互依存性を無視して恣意的な関税を導入し、結果として自国内の多国籍企業の首を絞めつつあるトランプ氏は、マスコミの批判にツイッターで応戦することでも知られます。実はチャベスもまた、2010年春の時点で45万人のフォロワー(単純に人口比で換算すると、日本でなら200万人弱に相当)を有したツイッター政治家の先駆であり、時間無制限で自身と国民との対話をテレビ局に強制放送させた、既成メディアへの挑戦者でした。

アメリカ大陸と言ったとき、なんとなく我々は「南米の途上国が、北米の先進国を追いかけている」と考えてしまう。しかしこれからはむしろ、北米(トランプ)が南米(チャベス)を追いかける事態が進むのかもしれない。そんな話をリワークで披露したのを憶えています。

『歴史がおわるまえに』再録、378-9頁
(初出『中央公論』2018年12月号)

昨年の1年間を通じてもはや隠せなくなったように、脳のアルゴリズムが「進んだ欧米 vs それ以外」のレガシーシステムで止まっているセンモンカはただのポンコツで、彼らが出力する予測は役に立ったためしがない。

例によって、トランプの “異常性” みたいなコメントが今回も出回るだろうけど、なぜ異常者が2度も大統領に選ばれるのかという謎に、彼らが答えることはない。いまや幻想の「先進国」なる概念を失うと、他に頼むものがない人たちだからだ。

「専門家」が大凋落した2025年を偲び、祝い、送る。|與那覇潤の論説Bistro
いまや思い返すのも難しいが、今年が始まったとき、アメリカの大統領はバイデンだった。後に副大統領にすら老衰ぶりを貶される彼の下で、「ウクライナを勝たせる」という不可能な試みへの投資が、だらだらと続いていた。 政権がトランプ(第2次)に替わるのは、1/20である。直前まで、日本のセンモンカは彼をコントロールして「バイデン...

2020年2月に始まったコロナ禍以来、ぼくはずっと言ってきたように、自称を含めたセンモンカに依存するのではなく、ひとりひとりが自立して考えることが、いまなにより必要である。

少なくともそんな目覚めを促す平手打ちとして、ぼくらも今回の件を受けとめるほかはないだろう。その意味では2026年の始まりに “相応しい” 号砲が昨日、世界に向けて鳴ったのかもしれない。

(ヘッダーは、テレビ朝日の速報より)


編集部より:この記事は與那覇潤氏のnote 2026年1月4日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は與那覇潤氏のnoteをご覧ください。