新約聖書「ルカによる福音書」第13章には、イエスが安息日に病の人を癒した話が記述されている。イエスを糾弾しようとしていた律法学者や会堂司は「安息日には何もしてはならないと律法に書かれていることを知らないのか」とイエスを批判した。するとイエスは「病んでいる人を癒すことが間違いか。安息日は人のためにあるのであって、人は安息日のためにあるのではない」と答えている。

ベネズエラの首都カラカスの風景、国連公式サイトから
トランプ米政権が3日、ベネズエラに軍事介入し、独裁者マドゥロ大統領夫妻を拘束し、米国に移送した出来事に対し、「主権国家を軍事力で侵攻することは国際法と国連憲章に違反する」として、トランプ政権の今回の軍事活動を批判する声が高まっている。
ここでトランプ氏をイエスとし、国際法を律法(安息日)とする。トランプ大統領はマドゥロ大統領が麻薬取引を主導し、米国に密輸してきた張本人だとして、米国民の安全のためにベネズエラに軍事侵攻した。律法学者のようなメディアや政治家は早速、「主権国家を軍事力で蹂躙することは国際法に違反する」と糾弾する。するとトランプ氏は「国際法は人間の幸せのためにあるもので、人間は国際法のために存在するものではない」と弁明した場合、どうだろうか。
人道主義を重視する左派政治家、メディアは2000年前の律法学者のようにトランプ氏の返答に苦慮するかもしれない。ただし、トランプ氏がいくら「自分は神の召命を受けて米大統領に任命された」と自負しても、イエス・キリストではないので、政治家やメディア関係者はトランプ氏の返答に満足することはないだろう。
ベネズエラ軍事介入と国際法の関係について、ドイツ与党「キリスト教民主・社会同盟」(CDU/CSU)議員連盟の外交政策担当報道官、ユルゲン・ハルト氏はドイツ民間放送ニュース専門局NTVとのインタビューで、「トランプ政権の行動は国際法違反に当たるという批判は的外れだ。今は作り出された事実に対応し、米国との良好な関係を維持することに焦点を当てるべきだ」と主張している。
ハルト氏にとって、重要な点はベネズエラが安定し、国民が幸せになることだ。マドゥロ大統領のもとで多くの国民が弾圧され、国外逃避している。同国の原油資源は国民の幸福のために使用されていない。べネズエラで今回外部の軍事力で政権が交代された訳だが、国際法云々で時間を費やしているのではなく、民主的な選挙で国民の代表を選出していくことが急務だというのだ。
そして「欧州はウクライナの和平問題で連帯する米国の今回の軍事活動への対応で悩むより、世界第一の軍事力を誇る米国の関与なくしてウクライナの和平、欧州の安定もないという現実を冷静に認識し、『欧州は米国を必要としている』という観点から、米国と実務主義的な協調関係を構築すべきだ。米国の軍事活動が国際法に合致しているかどうかを喧々諤々と議論するより、何が結果的に多数の国民の利益となるかを判断すべきだ」というわけだ。
「国際法より現実の政治状況を重視」といえば、憲法学者や法律専門家から激しい批判が飛び出すことは間違いないだろう。そして「危険な思想だ」と受け取られるかもしれない。国際法を無視した場合、世界は弱肉強食の世界に戻り、軍事大国が世界を専制支配していくと警告を受けるかもしれない。
それでは国際法と国連憲章は世界を平和にしただろうか。世界が大混乱に陥るのを防いできたといわれるかもしれない。はっきりしている点は、国際法も国連憲章も人間の幸せ、平和な世界の建築のためにあるもので、逆ではないはずだ。極端にいえば、人間、国民、国家が幸せになれないのならば、高尚な内容を明記している国際法、国連憲章も意味がなくなる。
ちなみに、マドゥロ大統領の支援者、ロシア、イラン、中国はいずれもトランプ氏の今回の軍事行動を「国際法違反」と大きな声を挙げて批判している。国際法は独裁者の口実にも利用されているのだ。
参考までに、英国の「キングス・カレッジ・ロンドン(KCL)」で教鞭を取るテロ問題専門家のペーター・ノイマン教授は4日、NTVとのインタビューで、トランプ政権のベネズエラ軍事介入の目的として、①石油資源の確保、②キューバなど南米左派政権への布石、③ベネズエラ難民の帰還促進の3点を挙げている。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2026年1月6日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。






