
OTC類似薬を保険適用から外すべきか、という議論は繰り返されてきた。軽症の風邪薬や湿布、整腸薬などまで医療保険で給付し続けることが妥当なのか、という問題意識自体は広く共有されている。
一方で、この議論は必ずある一点で止まる。
「お金のない人はどうするんだ」
「生活保護受給者はOTCを買えなくなる」
この反論は表面的にはとても強く見えるため、結果として、OTC類似薬の保険適用除外は“分かってはいるが触れられない改革”として棚上げされてきた。
しかし、この問題は価値観の対立ではなく、制度設計の問題である。つまり、「OTC類似薬を保険適用除外しても、生活保護が薬を買えなくならない仕組み」を先に用意してしまえばよい。本稿は、そのための具体案を提示する。
1. 現行制度が生んでいる歪み
生活保護の医療扶助は、原則として自己負担がない。医療機関を受診し、処方を受ければ、基本的に0円で医療サービスと医薬品が提供される。一方、OTCは制度上自費であり、生活保護受給者がドラッグストアで購入すれば10割負担となる。
この時点で、行動のインセンティブは明確に歪む。
軽症であっても、OTCを買うより医療機関を受診して処方してもらう方が合理的になる。これは本人の意識や倫理の問題ではない。制度がそう行動するよう設計されているのだ。
OTC類似薬を保険適用除外した場合、この歪みはさらに強まる。一般の人はOTCへ移行するが、生活保護は「OTCが買えないなら別の処方を求めて受診する」という方向に動く。医療費抑制を狙った改革が、生活保護の領域だけ逆回転する構造である。
この状態のまま改革を進めれば、「弱者が困る」という反論が出るのは当然だ。
2. 解決の方向性は「生活保護に医療の裁量枠を与える」こと
必要なのは、生活保護受給者がOTC類似薬を“買える”ことだ。ただし、ここで「生活保護はOTCも無料にする」という設計を採ると、別の問題が生じる。
無料は過剰利用を誘発しやすい。また、店頭での特別扱いはスティグマや現場負担を生む。対象OTCの線引きや事前審査も、行政コストが大きい。
そこで本稿では、「無料」ではなく「一律1割負担+還付方式」を提案する。
3. 提案の骨子
制度の構造は以下の通りである。
- 生活保護の生活扶助を月1000円上積みする
- 医療扶助・OTC・零売を原則として1割自己負担とする
- ただしOTC・零売は、窓口では一般の人と同じ10割負担とする
- 領収書(レシート)を役所に提出し、翌月に扶助費として還付する
- 還付の上限は月1万円とする
- 月1万円を超える医療費が必要な場合は、医師の要否意見書により従来通り公費対応
- 入院は現行制度と同様、自己負担なしとする
これを一言で言えば、「生活保護受給者に月1万円相当の医療裁量枠を与える」制度である。
4. 月1000円上積みの意味——流動性(種銭)の問題
ここで必ず出てくるのが、「後で戻るとしても、最初に払う現金がないのではないか」という懸念である。確かに、還付方式では立て替えが必要になる。
だからこそ、生活扶助を月1000円上積みする。この1000円は単なる補填ではない。医療・OTC購入のための事前の流動性(種銭)として機能する。
自己負担が1割であれば、1000円の自己負担は1万円分の医療・医薬品利用に相当する。毎月あらかじめ支給されるこの1000円により、OTC購入時のキャッシュフローは制度的に担保される。
仮に、この1000円を他の生活費に使い切ってしまい、必要な医療行動が取れない場合、それは医療制度の問題というより、金銭管理や生活支援の問題である。家賃が払えない場合に代理納付や生活指導が行われるのと同様、個別支援で対応すべき領域だ。一部の管理困難例を理由に、多数の受給者の選択肢を一律に奪うべきではない。
5. 還付方式を採る理由
OTC・零売を還付方式にする理由は三つある。
第一に、窓口での特別扱いを避けるためである。 生活保護だからといって会計方法が変わることは、本人にも店舗側にも負担が大きい。窓口では一般と同じ10割負担、後で行政が還付する方が自然だ。
第二に、過剰利用を抑制できるためである。 一時的に全額を支払うという経験は、必要性の吟味につながる。一方で、後で1割分が戻ると分かっていれば、必要な購入まで萎縮させにくい。
第三に、行政運用が比較的単純である。 事前審査や対象OTCの線引きより、レシートによる事後精算の方が現実的だ。将来的にはマイナンバー等と連動した自動還付(DX)も考えられるが、現行のアナログ運用でも十分に回る設計である。
6. 月1万円を超える場合の安全弁
「重い病気の人はどうするのか」という懸念には、最初から明確な答えを用意する。
月1万円を超える医療費が必要な場合は、医師が要否意見書を書けばよい。そこから先は従来通り公費で対応する。入院についても現行通り無料とする。必要な医療へのアクセスは、一切止めていない。
今回調整するのは、あくまで軽症から中等症にかけての「裁量領域」である。
7. 生活保護の医療費は減らないかもしれない
ここはあらかじめ言及しておこう。この制度で、「生活保護の医療費」は減らない可能性がある。OTC購入が増えれば、わずかに増えることすら考えられる。
しかし、それは許容すべきである。今回の制度の目的は、生活保護の医療費削減ではなく、OTC類似薬の保険適用除外や零売活用といった一般国民向けの医療費抑制策を進めるための安全装置を用意することにある。
生活保護の領域は、「弱者が困らないための調整弁」として位置づけられる。そこで一定のコストがかかっても、社会全体の医療費構造が是正されるなら、政策としては成立するからだ。
8. 自己管理をめぐる誤解について
「自己負担を課すと、生活保護は受診抑制して健康を悪化させる」という指摘は一部で正しい。重度の精神障害や認知障害など、自己管理が著しく困難な場合は、確かに注意が必要だ。実際、入院が増えてしまうと医療費は増大する。
しかし、生活保護受給者全体を「自己管理できない存在」と前提するのは不適切である。多くの受給者は、高齢や慢性疾患、うつや不安を抱えながらも、日常生活を営んでいる。月1万円の裁量枠があれば、OTCや受診を選択しながら健康管理を行うことは十分可能だ。
そして、本当に自己管理が難しい場合には、月1万円を超えた時点で要否意見書により医師が介入できる。この制度は、「危ない人を確実に拾う」構造を内包している。
9. 結論——生活保護を盾に改革を止めさせないために
OTC類似薬の保険適用除外は、一般の医療費を抑制するための改革である。しかし、「お金のない人が困る」という一点で止まってしまえば、改革は永遠に進まない。
だからこそ先に、生活保護側に“買える仕組み”を用意する。無料ではなく1割負担で、しかし実質的には月1万円の医療裁量枠を与える。OTCも零売も、窓口では一般と同じ10割負担とし、後で還付する。上限を超えれば医師判断で従来通り公費。入院は無料のまま。
これなら、OTC類似薬を保険適用除外しても生活保護は困らない。零売も同じ枠組みで扱える。そして「弱者が困るから改革できない」という思考停止を、制度として終わらせることができる。
守るところは守り、歪みは直す。 そのための、現実的な制度設計として提案するものである。
想定される批判とQ&A
Q1. 月1000円上積みしても、生活費に使ってしまい、必要な時に薬を買えない人が出るのでは?
A. その可能性は否定できない。ただし、この制度で月1000円を上積みするのは、医療・OTC購入のための流動性(種銭)を制度的に確保するためである。通常の生活状況であれば、この上積みによりOTC購入時の立て替えは可能となる。 それでも金銭管理が難しく、必要な医療行動が取れない場合は、医療制度ではなく生活支援の問題として、代理納付や個別支援で対応すべき領域である。一部の管理困難例を理由に、全体の裁量を否定するのは適切ではない。
Q2. 窓口10割負担だと、我慢して重症化する人が出ませんか?
A. その懸念に対しては二重の安全弁がある。第一に、月1000円の事前上積みにより、軽症時のOTC購入は制度的に可能となる。第二に、月1万円を超える医療費が必要な場合は、医師の要否意見書により従来通り公費対応に切り替えられる。 必要な医療を我慢し続ける構造にはなっていない。
Q3. レシート還付は事務負担が大きすぎませんか?
A. 事務負担は発生するが、現行の医療券管理や頻回受診対応と比較すべきである。OTCの事前審査や品目線引きより、事後精算の方が運用は単純である。 将来的にはDXによる効率化も考えられるが、現行のアナログ運用でも十分に回る設計である。
Q4. 結局、生活保護への給付拡大ではありませんか?
A. 本制度は無条件の給付拡大ではない。医療行動に紐づいた、目的限定の裁量枠である。無料ではなく一時的な自己負担を伴うことで、過剰利用を抑えつつ必要な医療は確保する設計になっている。 また、主目的は生活保護の医療費削減ではなく、OTC類似薬の保険適用除外など、一般医療費改革を進めるための安全装置を用意することにある。
Q5. 自己管理が難しい精神疾患のある人が不利になりませんか?
A. 自己管理が著しく困難な場合は、月1万円を超えた時点で医師が要否意見書を書き、公費対応に切り替えられる。制度として、早期介入の余地は確保されている。 一方で、生活保護受給者全体を一律に自己管理不能と前提することは適切ではない。
編集部より:この記事は精神科医である東徹氏のnote 2026年1月8日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は東徹氏のnoteをご覧ください。






