黒坂岳央です。
「40代」という年齢、誰しも若い頃は非常にネガティブな印象があるのではないだろうか。少なくとも筆者はそうだった。
「完全に中年、いつも不機嫌で不健康。将来の先行きが見えてすっかり人生を諦めている」
こういう印象があった。ネット上でも「40代はこんなにやばい」という先輩方からのネガティブな投稿が多く、それを見て不安を覚える20代、30代もいるだろう。
だが、実際になってみると恐れていたことのほとんどが外れ、代わりに誰も言わなかった点で苦労するから面白い。「若い頃は良かったな」と思う反面、理想とは違ったが、意外に悪くない現実も確かにあったのだ。
完全に独断と偏見で、40代の理想と現実を考察したい。
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意外となんとかなる40代の健康
「40代はだらしくなくお腹がでっぷりと出て、常に健康診断に引っかかる。肩は上がらず、息は切れる」
こういうイメージを持っていたが、実際は違った。確かに20代の社会人からろくに運動をせず、40代まで来た人はそうなるだろう。筆者自身がまさにそうで、40代のコロナ禍で始めて健康診断でいくつもの項目でひっかかり、肥満だと診断された。
これはヤバいと40代からパーソナルトレーナーをつけ、筋トレと運動を始めた。その結果、可動域は広がり、筋肉量も増え、体力も明確。20代の頃は1万歩歩くとヘトヘトになって休憩していたが、今では2万歩も余裕だ。
「40代だから無理」という話をよく聞くが、実際は違う。「何もしない40代に無理が来る」だけだ。「40代から体力が落ちるぞ」と脅してくる人たちは大抵、運動習慣がないだけである。
むしろ頭は冴え渡る40代
「40代になると新しいことに強い抵抗を感じ、学習しても頭に入らず、覚えたことが片っ端から抜けていく」
このようなことを言う人は非常に多い。だが、これも運動と同じで若い頃から頭を使わなかった弊害が20年蓄積しただけだと思っている。
「いや、仕事や情報収集で頭は使っているぞ!」と反論がありそうだが、日常のルーチン作業の繰り返し、背景知識が豊富な慣れ親しんだ内容を読んだり聞いたりするくらいでは大して頭に負荷はない。
頭に負荷をかける真の勉強とは、未知の分野を学び、時には資格試験のように時間制限下でストレスをかけ、多数の利害関係者など複合的変数を忙しく処理する状況を言うだろう。
一番いいのはリスクを取って新しい挑戦をし続けることだ。これはとても頭にいい刺激になる。筆者の場合は脱サラして独立することだった。アメリカに留学中の時も毎日、夜中まで勉強をして頭を使っている感覚があったが、今はその時の数倍の刺激が頭に入っているという感覚がある。
元々、自分は非常に要領が悪く、平均で100時間かかると言われたら、200も300時間もかかる勉強が苦手なタイプだったが、40代になって頭の使い方が熟練したことで、20代の頃より遥かに頭は良くなったと感じる。昨年、仕事上、必要な未経験分野の資格を取得したが、平均学習時間より半分以下の期間で一発合格できた。
「もう若い頃のように頭に入らない」という人は頭に強い負荷をかける時期からずっとブランクがあるだけであり、まったく未知の分野を学び直しをするなど、強い負荷をかければ頭はたちまち生き返る。
難しかった40代の人間関係
これまで良い面ばかり話してきたが、その一方で難しいこともある。それが人間関係だ。
40代は穴の空いたバケツのようである。こちらから積極的に連絡し、会いに行かなければ人間関係は音もなくドンドン抜けて消えていく。同年代はみんな家庭、仕事に忙しく、放置するとかつての友情は一瞬で消え去る。
自分はかつて、年齢を重ねれば10代・20代の友人に加え、新しい出会いも積み上がり、人間関係は豊かになっていると思っていた。だがこれは完全に予想が外れた。「学生時代の友達は一生の友だち」という言葉を聞かされていたが、これは正しかったように思う。いつでも連絡できるのは確かにそういう相手だろう。
とはいえ、家庭での人間関係はそうではない。こちらはいい意味で予想が外れた。「子どもができると自由はなくなり、金は貯まらない」と言われてきたし、今もそうした投稿をよく見る。だが実際には、拘束感が強いのは園児までである。小学生以降、子どもは急速に親離れし、手はほとんどかからなくなる。親はむしろ、時間が空き、少し寂しくなるくらいだ。
また、子どもができると仕事がおろそかに…という話も自分は逆でむしろ仕事に本気になった。親の背中を見せたいという動機は、想像以上に強力だった。たとえば「学校で英語の出張授業」といった子供がいなければやらなかったであろう活動もやっている。
将来的な出費はもちろんある。だが、何にどのくらいかかるかは大体見積りもりができるし、今は子育て支援が昔より充実しているのでなんとかなる。自分の場合はむしろ、物欲と見栄が支配していた20代の頃のほうが、経済的不安も精神的な不自由さも圧倒的に大きかったという感覚だ。
自由を奪うのは家族ではなく、目的のない欲望であると、今では思う。
趣味と娯楽が消え、仕事が始まる
自分は多趣味だった。アニメ、ゲーム、映画、プラモデル、エアガン、サウンド、小説。人並み以上にさまざまな趣味を楽しんできた。
だが40代になり、ゲームを除いてほぼすべて消えた。残ったゲームですら、10年後もやっているかは分からない。受動的な趣味は40代になると消える。理由は忙しさでも金でもない。感受性が尽きるからだ。
これは人生経験と感受性の衰えによるものだが、どの作品も既視感ばかりで、かつてのワクワクはない。少年漫画は少年が楽しむためのものであり、中年が読んでも、昔のようなドキドキはないのだ。
だが、その代わりに面白い趣味と娯楽が出来る。仕事と発信活動だ。仕事はリアルRPGのようにレベルアップをして、新しい技を覚え、そして頑張りも反映される。ゲームよりもずっとゲームっぽいし面白い。
そして発信活動もそうだ。同じことを言い続けていても見てくれる人はいなくなるので、自分が変化しなければならずこの強制力が程よく自分を成長させてくれる。
◇
「40代は人生終わり」みたいに言われる事が多いが、筆者は逆が正しいと思っている。40代から本当の人生が始まるのだ。
20代までの若い感受性なら受け身の娯楽、経験のすべてが無条件に楽しい。何もしなくても周囲があれこれ手を焼いて世話をしてくれたり、年齢にベットしてもらえるので実力以上の挑戦が出来る。
だが、40代はそうではない。自分から積極的にアクションを起こし、よりテクニカルに取り組んで始めて面白くなる。そう、40代は終わるのではなく、始まる年なのだ。
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