
今や社会保障改革の議論について目にしない日はない、というぐらいには社会保障制度に関心が持たれているのは良いことだ。
その中でも今や年間46兆円にも及び、さらに増え続ける医療費の削減は喫緊の課題である。
そこでしばしば批判の的となるのが日本医師会である。
日本医師会が自民党に毎年、億単位の多額の献金をしてロビイングをしているのは周知の事実であり、OTC類似薬保険適用除外や高齢者の医療費自己負担原則3割などの医療制度改革に逐一反対しているのも事実である。しかし、だからと言って日本医師会は非難されるだけの存在なのか、ということは一度見直す必要がある。
批判される日本医師会、しかし「地方」の貢献は?
日本医師会は日本医師連盟と一体化して政治力を持つのは間違いないが、その下部組織である地方医師会についても注目しなければいけない。医師会が政治力と持つのは何も献金しているからではない。実際に、地域の医療を献身的に支えているから、でもある。
地域医療は実は地方医師会なしには成り立たない。しかもそれは、医師会が利益を得ているというよりも、まさに献身的に相場以下の報酬で仕事を請け負っているからなのだ。そこを見誤っては医師会に対する批判は芯を外したものとなってしまう。
今回は、その医師会の価値について見ていきたい。
地方医師会が担う「7つの重責」
地方医師会の貢献はいくつもあり、医師会自身も誇らしげに掲げている(参考:日本医師会「地域に根差した医師の役割について説明」)。
その中から特に貢献の大きなものとしては以下の7つが挙げられる。それぞれ簡単に紹介しよう。
① 学校医・園医
春秋の定期健診、就学時健診、学校保健委員会への出席、プール開き前の健診、流行疾患発生時の対応など。
② 休日・夜間急患センターの輪番出務
地域の初期救急(軽症患者の夜間・休日対応)を維持するための当直・日直業務。
③ 介護認定審査会、障害支援区分認定審査会の委員
住民の要介護度を決定するための審査会(市町村が設置)への出席。
④ 警察医業務(死体検案、留置所での診察など)
自宅での異状死体の検案や、警察署の留置人に体調不良者が出た際の診察。
⑤ 乳幼児健診(1歳半健診、3歳児健診など)
保健センター等に集まって行う集団健診、または各クリニックで個別に行う健診。
⑥ 中小企業の産業保健(地域さんぽセンター)
従業員50人未満の労働者のメンタルヘルス等を守る業務。
⑦ 災害・新興感染症の有事待機(JMAT等)
大規模災害発生時に、避難所等に設置される救護所への医師派遣や平時からの待機。
たしかに、医師会が果たす役割の大きさは相当なものであることがわかる。医師会がなくなってしまえば全国の医療が成り立たない、と言われるのも肯ける。
民間市場ならいくらかかる?「プレミアム相場」で推計
その貢献度をもう少し定量的に掴むべく、金額ベースでも推計してみよう。
もしも医師会がなくなり、これらの仕事をフリーランス医師、民間市場(エージェント)ベースで募集した場合、どれぐらいの金額になるのかを概算する。絶対に地域医療に穴を空けないよう、確実に民間医師を確保できるプレミアム相場で推計してみる。
① 学校保健(学校医・園医)
個別例単価:1校あたり年額 約75万円
(民間健診バイト相場 半日5万円 ×年間出務回数 10回 + 待機手当 25万円)
全国合計額:約375億円(約5万施設)
② 初期救急(夜間・休日急患センター)
個別例単価:1枠(半日/夜間)約10万〜14万円(ウォークイン救急のスポット相場)
全国合計額:約840億円(全国約600拠点×複数ライン×365日)
③ 認定審査会(介護・障害)
個別例単価:1回 約9万〜10万円(専門医のコンサルフィー+事前書類数十人分の審査手当)
全国合計額:約153億円(全国1,700自治体×週1回×複数名)
④ 警察医(死体検案)
個別例単価:1体 約10万〜12万円(24時間オンコール待機+法医学的・感染リスク手当)
全国合計額:約204億円(年間約17万件の異状死体)
⑤ 母子保健(乳幼児集団健診)
個別例単価:1回(半日)約8万円(多数の乳幼児を連続診察する健診スポット相場)
全国合計額:約150億円(全国1,700自治体×実施日数)
⑥ 産業保健(地域さんぽセンター)
個別例単価:日給 約8万〜10万円換算(小規模事業所のメンタルヘルス等対応)
全国合計額:約90億円(全国約350センター)
⑦ 災害・新興感染症の有事待機(JMAT等)
個別例単価:平時の待機料(リテーナー契約)として高額な固定費が必要 全国合計額:約120億円
これらを合わせて、本来の市場価格、全国合計は約1,930億円となる。
驚くべき実態:行政が支払っている「ディスカウント価格」
では、実際に各地方自治体がどれぐらいの額で請け負っているかを推計してみる。こちらは公表されている条例や決算資料に基づく、現在の行政支出(予算)の実態である。実際の行政の条例や規定等で厳格に定められている単価を見てみよう。
① 学校保健
個別例単価:1校あたり年額 約20万〜25万円(例:兵庫県三木市 基本額252,000円)
全国合計額:約125億円
② 初期救急
個別例単価:1枠 約3万〜5万円(例:愛知県岡崎市の救急補助金要綱で1日 39,000円)
全国合計額:約240億円
③ 認定審査会
個別例単価:1回 約1万〜1.5万円(例:群馬県伊勢崎市 日額15,000円、兵庫県豊岡市 日額12,000円)
全国合計額:約17億円
④ 警察医
個別例単価:1体 3,000円〜5,000円(**深夜に凄惨な現場へ呼び出され、感染リスクを負いながらこの金額という衝撃的な実態である。**例:栃木県警察 例規通達「国費・県費により1体3,000円支給」、厚労省調査資料でも同額水準)
全国合計額:約34億円
⑤ 母子保健
個別例単価:半日 約2.5万円(例:京都市 個別健診は1人5,475円)
全国合計額:約50億円
⑥ 産業保健
個別例単価:「産業保健活動総合支援事業」の予算
全国合計額:約20億円
⑦ 災害・有事待機
個別例単価:平時の待機・準備に対する行政からの支払いはゼロ
全国合計額:0円
ということで、現在の行政支払、全国合計は約480億円と推計できる。
つまり、医師会が提供している差額(ディスカウント額)は最大で
【確実に確保するための本来の市場価格 1,930億円】− 【現在の厳格な行政支払 480億円】
の差額(持ち出し)が合計年間約1,450億円。
つまり約1,500億円ということになる。
さらなる持ち出しと、見えない「インフラ維持費」
しかもこれだけでは運営できない。当然、事務費用もかかっている。
現在、各地域の医師会事務局が「医師の会費」を使って手作業・無償で行っているインフラ維持機能を、行政が外部に委託して確実にインフラを維持しようとすれば、システムや調整の必須経費がかかる。これもしっかりと見積もっておこう。
エージェント委託の仲介手数料(絶対に穴を空けない「絶対保証特約」なら報酬の30%〜50%)
過疎地・へき地へフリーの医師を呼ぶための「遠方プレミアム(割増交通費・宿泊費)」
代役バックアップ待機費用(欠員保険)
など考慮して、
エージェント手数料等 約800億円
過疎地プレミアム等 約700億円
全国シフト管理ITプラットフォーム構築費 約500億円
とすれば、全国合計額は約2,000億円となる。
上記の持ち出し費用と合計すれば約3,500億円となる。
つまり、医師会は実質的に年間3,500億円もの労働価値を無償提供している、ということである。
もはや自治体が責任を持つべきだ
これは並大抵のことではない。たしかに、ここまでやっておいて、医療政策の失敗を医師会のせいにされては納得いかないのも無理はない。
医師会員の医師の中心は開業医である。もちろん最近は勤務医も増えたとはいえ、上記のような地域医療を実際に担っているのは開業医の医師の方々である。これらの仕事は単なるバイトではなく、自身のクリニックを休んで、あるいは多忙の中、夜間に無理をして果たしている役割である。
昨今のSNSで漏れ聞こえる医師会員の医師の「健診も出来れば辞めたいのに」などの愚痴や苦悩も無理なからぬところである。
であれば、私としては、開業医の本分であるはずの、クリニックに来る患者の訴えに集中し、かかりつけ医としての役割を十分に発揮していただくためにも、これらの業務を医師会に頼らず、自治体が責任を持って担うべきである、と提案したい。
開業とは経営者になるということである。自身の利益にならないことを強要して、地域に奉仕していただくのは勤務医である私としても大変忍びない気持ちになる。
勤務医であれば、特に大学の薄給で働く医師や大学院生にとっては、相応のバイト代となるところを、わざわざ開業医の医師の手間をとらせて、損失を強要してまでやっていただくのはおかしな話ではなかろうか。
5,000億円の「手切れ金」で、6兆円の医療費削減を
そのための費用はやはり、国が責任を持って出すべきだろう。上記の合計として3,500億円。もう少し余裕を持って、ハコモノ整備・過疎地専従医の確保・有事予備費などの完全独立のための予算として追加で約1,500億円ぐらいは用意すべきだ。
つまり合計で言うと5,000億円。
医師会が果たしてきた価値を考えればこれぐらいの支出はすべきではなかろうか。
5,000億円と言うと巨額に思うかもしれない。しかし、もっとマクロな視点に立てば、現在の医療費の公的負担は46兆円にも及んでいる。これと比べれば、ほんの1.1%程度に過ぎない。これぐらいの額が出せないわけがない。いや、むしろこれまでの医師会の果たしてきた役割を考えればこれぐらいは喜んで出すべきであろう。
それによって、医師会の医師の方々には、自身のクリニック経営でこれまでに勝る収益を上げていただければ良いのである。それが地域の患者の利益にもなろうというものである。
これまで医師会が医療制度改革に強硬に反対できたのは、『我々が地域医療を身を削って支えているのだから』という強力な交渉カードがあったからに他ならない。
しかし、この5,000億円によって地域インフラの重圧から完全に解放されれば、国に対して強気に出るための大義名分は消失し、純粋な医療者の立場から抜本的な改革に賛同していただけるはずだ。
医療制度改革は一刻の猶予もない喫緊の課題である。
- OTC類似薬保険適用除外で約1兆円
- 後期高齢者の医療費自己負担原則3割で約5兆円
(後期高齢者を3割負担にすれば保険医療費が5兆円減る)
この二つだけでも6兆円規模の医療費削減効果が見込まれている。
心配は要らない。
冒頭で述べた「46兆円」の医療費のうち、この6兆円の改革を前に進めることができるのであれば、医師会の先生方を過酷な重責から解放する「手切れ金」として5,000億円を支払ったとしてもすぐに10倍以上のお釣りが来るのである。
編集部より:この記事は精神科医である東徹氏のnote 2026年2月24日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は東徹氏のnoteをご覧ください。







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