イランの最高指導者ハメネイ師が米・イスラエル軍の先月28日の空爆で死去したことを受け、イラン側はハメネイ師の後継者選出を急いでいる。一部のメディアでは既にハメネイ師の次男モジタバ・ハメネイ師が後継者に選出されたと報じているが、公式発表はまだない。

モジタバ師(Wikipediaより)とハメネイ師(イラン国営IRNA通信)
次期最高指導者最有力のモジタバ・ハメネイ師は1969年、マシュハド生まれで、現在56歳。イランの第2代最高指導者アリ・ハメネイ師の次男だ。父親ハメネイ師の健康問題が浮上する度に潜在的後継者として名前が挙がってきていたが、本人が公の場に姿を見せることはほとんどなかった。
モジタバ・ハメネイ師の宗教的地位はホジャトール・イスラームでイスラム教シーア派の中堅のイスラム法学者の位階だ。同師は1980年代のイラン・イラク戦争に従軍した経験を持つ。また、最高指導者事務所において重要な役割を果たし、準軍事組織「バスィージ」やイスラム革命防衛隊(IRGC)などの治安機関に対して強い影響力を有しているといわれる。2009年の大統領選挙後の抗議デモの鎮圧に関与したと指摘されており、強硬派と受け取られている。
問題は、モジタバ・ハメネイ師が父親のハメネイ師の後継者に選出されるためには2つの大きなハードルがあることだ。第1はモジタバ・ハメネイ師がアヤトッラーの称号を有していないことだ。 称号アヤトッラーは、シーア派イスラム教における高位の宗教指導者に与えられるもので、「神の徴(しるし)」を意味し、卓越した学識と宗教的権威を持つイスラム法学者に授けられるものだ。ローマ・カトリック教会では枢機卿に該当する地位だ。そして次期教皇を選出するコンクラーベには80歳未満の枢機卿が有資格者となるように、イランのシーア派の場合、次期最高指導者を選出する専門家会議のメンバーとなる宗教者は通常アヤトッラーの称号を保有している。イランでは現在専門家会議のメンバーは88人だ。
モジタバ・ハメネイ師は長年「ホジャトール・イスラーム」だ。ただし、同師は近年、後継レースを見据えてか、シーア派の信仰中心地ゴムの神学校で「アヤトッーラ」の称号を得るための実績作りを急いだという情報が流れていることから、既にアヤトッラーの称号を獲得しているかもしれない。
第2のハードルはモジタバ・ハメネイ師がアリ・ハメネイ師の息子だという事実だ。すなわち、世襲問題だ。イスラム教はスンニ派とシーア派の2大宗派があるが、シーア派は本来、預言者ムハンマドの後継者は、その血統(従兄弟であり娘婿のアリーとその子孫に限られる)から選ばれるという立場だ。ただし、現代のイランでは教理としての世襲制は存在せず、あくまでも最も優れた宗教学者が統治を代行する能力主義に基づいている。
その意味で、モジタバ・ハメネイ師の選出は「世襲制の回帰」といった批判を受ける可能性があるわけだ。また、ホメネイ師のイスラム革命はパフラヴィー朝の王政世襲制に抵抗して出てきた運動であることも考えれば、世襲制は「革命の理念に反する」ということになる。大きなハードルだ。
久しく次期最高指導者の最有力候補だったライシ大統領が2024年5月、ヘリコプター墜落事故で急逝したため、有力なライバルが不在だ。モジタバ・ハメネイ師が後継者に選ばれるとしたら、イスラム革命防衛隊(IRGC)からの強い要請があったことが考えられる。その理由は、指揮系統の維持、対外強硬路線の継続、既得権益の保護という観点から、モジタバ・ハメネイ師が最適な人物だからだ。
イスラム革命防衛隊(IRGC)は後継者選出レースではキングメーカー的な立場だ。IRGCは「法学者の統治」体制の維持と、進行中のイスラエル・米国との軍事衝突における指揮系統の安定を最優先している。 空爆の影響で「専門家会議」の招集が困難な中、IRGCは法的公式手続きを飛び越えて、迅速に次期指導者を決定するよう圧力を強めているといわれる。そのような事情から、IRGCは、軍・治安機関とのパイプが最も太いモジタバ・ハメネイ師支持に傾いているというわけだ。
IRGCは国内経済の多くを支配しており、その利権を守るためには、現状の体制を熟知し、強硬路線を維持できる指導者が不可欠だ。 ただし、 IRGCの中には、世襲によって民衆の怒りが爆発し、体制そのものが崩壊することを恐れる者もいる。そのため、宗教的権威の高いアリーレザー・アラーフィー師などを立て、IRGCが後ろ盾として実権を握る「集団指導体制」を模索する動きもある。
最後に、モジタバ・ハメネイ師以外の有力候補は、
①アリーレザー・アラーフィー師: 専門家会議の副議長であり、宗教界からの信頼が厚い正統派の対抗馬として注目されている。
②ハッサン・コメイニ師: 初代最高指導者ホメイニ師の孫。改革派に近い立場ながら、カリスマ性のある血統として名前が挙がっている。
③モフセニ・アジェイー司法府代表: 実務的な指導力が高く評価されている。治安維持の実績を重視、混乱期の法執行の安定に寄与することが期待できる。
米・イスラエル側は「誰が次期最高者指導者に選出されたとしてもそれを殺害する」という強いメッセージを発信している。イスラエル軍が専門家会議の施設を空爆し、同会議メンバーの数人を既に殺害したといわれている。誰が最高指導者に選ばれようと、その人物は米軍、イスラエル軍の暗殺リストのトップを飾ることになるわけだ。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2026年3月5日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。







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