
2月の沖縄本島を旅しています。この日の最高気温は25℃。名古屋を出たときはコートを着ていましたが今はリュックの中。半袖でちょうどいいですね。冬は本州との寒暖差が大きいので切るものに注意が必要です。
ゆいレールに乗って「牧志(まきし)」駅にやってきました。牧志市場などもあって観光客も多く集まるエリアです。

この日は日曜日だったんですが、通りが歩行者天国になっていて踊りを踊っている方がいました。宇栄原(うえはる)太鼓さんという団体による道ジュネー。道ジュネ―(巡回)は沖縄で有名な踊り、エイサーとともに踊られている先祖供養のための踊りなんだそうです。

そんな踊りを鑑賞したあとは再び沖縄街なか散歩。この辺り、道路の端の方は焼き物の破片が埋められています。

ここは牧志から沖縄随一の焼き物(やちむん)のお店が集まるやちむん通りに向かう道路。この一帯は琉球王朝時代に各地域の焼き物師たちが集められて壺屋皿などを焼いたエリアで今も琉球焼き物のお店が多く集まるところです。



歴史を感じさせる陶器屋には、沖縄らしい青が美しいカップやかわいいシーサーなどの魅力的な陶器や装飾品が数多く並んでいます。
先の大戦では沖縄は日本本土で唯一地上戦が行われ、多くの地域が戦禍に見舞われた中、このエリアは被害が比較的少なかったため、戦後早くに復興し焼き物の生産が再開されました。やちむん通りは復興の象徴的存在となるとともに戦前の沖縄の姿も垣間見ることができるエリアとなっています。



やちむん通りの裏手にはかつて焼き物を生産していた窯の跡があります。こんな琉球瓦のような色の鱗壁や石垣のある通りを抜けていきます。

こちらが新垣家住宅東(あがり)ヌ窯。1974年まで現役でしたが、近隣に住居ができて、窯から上がる黒煙が問題視されるようになったため廃止となりました。こちらは2009年に老朽化により全壊してしまったのを復元したものです。

窯本体

かつては琉球王国の宮廷が経営していた東ヌ窯。登り窯はこのような傾斜地に作られています。この形状の窯は本土でも見られ、上に行くほど余熱で速く焼きあがることからこの形状が多く採用されています。復元の際、単に過去の遺構を復元しただけではなく、きちんと使えるように復元しており、またここで焼き物を作ることができないか模索を続けているそうです。


やちむん通りの入り口付近には「東(あがり)ヌカー」という共同井戸があります。300年前にここに焼き物屋が集められたときにできた最初の井戸。今は使われることは少なくなりましたが、やちむん通りの人々の生活を支えた命の水です。

沖縄の焼き物の歴史を知り、その美しさに触れることができるやちむん通り。牧志から歩いてアクセスできて気軽に買い物も楽しめる場所です。歩くだけでも楽しい場所なので、ぜひぶらぶら散歩を楽しんでみてもらいたいと思います。
編集部より:この記事はトラベルライターのミヤコカエデ氏のnote 2026年3月7日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方はミヤコカエデ氏のnoteをご覧ください。







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