3月16日、沖縄県名護市の辺野古沖で、研修旅行中の同志社国際高校2年生を乗せた船2隻が転覆し、17歳の女子生徒と71歳の船長が亡くなりました。
まず、亡くなったお二人のご冥福を、心よりお祈り申し上げます。
本来であれば青春のただ中にあった高校生のご家族の悲しみを思うと、言葉がありません。
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感情的な反応を戒めながら、今回の事故の構造を冷静に見てほしいのです。
転覆したのは「ヘリ基地反対協議会」が所有する抗議活動用の船「平和丸」と「不屈」の2隻 Cokiで、長年、辺野古工事への抗議活動と、学生らが基地の実態を学ぶ「平和学習」の両方の目的で使われてきました。 Nikkei
そしてこの事故には、見過ごせない「3つの問題点」が重なっていました。
第一の問題:事業登録のない船に高校生を乗せていた
転覆した2隻は、海上運送法に基づく事業登録をしていなかったことが明らかになっています。 Jiji
登録が必要なのは「他人の需要に応じて運送する場合」であり、無償でも登録義務が生じます。運航する「ヘリ基地反対協議会」は「ボランティアだから不要」と主張していましたが、海上保安本部は海上運送法違反容疑でも捜査に着手しました。 Yahoo!ニュース
要するに、法的に「旅客を運ぶ船」としての安全基準を満たしていない船に、18人の高校生が乗っていたのです。
第二の問題:波浪注意報の中での出航
事故当時、沖縄本島北部などには波浪注意報が出ていました。 Jiji
捜査関係者は「当時は明らかに白波が立ち、危ない状態だった」と証言しており Yahoo!ニュース、出航判断の基準は明文化されておらず、船長の経験則のみに委ねられていました。 Nikkei
第三の問題:学校側の「信頼」という名の無確認
学校側は、船の事業登録の有無を把握しておらず、「思い至らなかった」と会見で説明。波浪注意報が出ていても、警報でないため「現地判断」として船長に丸投げし、引率教員は船にも乗っていませんでした。 KTV
校長は「私どもと金井先生の間の信頼関係のなかで大丈夫だと判断した」と述べました。 KTV
「信頼関係」は安全管理の代わりにはなりません。
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私が今回の事故で最も問題だと感じるのは、「平和学習」という大義名分のもとで、安全管理の確認が著しく甘くなっていたという構造です。
2隻は支援者らのカンパで活動し、週6日、辺野古工事への抗議のために出航していた Nikkei活動家の船です。
抗議活動に従事するために設計・運用されてきた船は、乗客の安全を最優先に設計された旅客船とは根本的に異なります。
この点について、私は「辺野古基地建設の是非」とは切り離して考える必要があると思っています。
基地に反対する立場の方も、賛成する立場の方も、17歳の女子生徒が安全管理の不備によって命を落とした事実には、同じ怒りと悲しみを覚えるはずです。
問題は基地の是非ではなく、「活動家の船に子どもを乗せることのリスクを、誰も真剣に問わなかった」ということです。
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「平和学習」そのものは否定しません。子どもたちが沖縄の歴史や基地問題に向き合うことは、意義があることだと思います。
しかし、子どもたちの「命の安全」を確保することは、いかなる教育的意義にも優先されます。
安全管理の基準を満たさない船に未成年を乗せ、波浪注意報の中でも出航させ、引率教員も乗船させない——。
この構造が20年以上にわたって続いてきたとすれば、それは教育現場にふさわしくない悪しき慣習です。
今回の不幸な事故を無駄にしないために必要なのは、感情的な対立の激化ではありません。安全管理の構造的問題を正面から検証し、二度と同じ悲劇が繰り返されないよう、法的・制度的な対応を求めていくことです。
海上保安本部の捜査、運輸安全委員会の調査の推移を、引き続き注視してまいります。

転覆した「ヘリ基地反対協議会」の船
編集部より:この記事は、前参議院議員・音喜多駿氏のブログ2026年3月18日の記事より転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方は音喜多駿ブログをご覧ください。







コメント
音喜多氏の指摘は正鵠を射ており、賛同します。ただ、「平和学習という大義名分が安全確認を麻痺させた」という問題に踏み込みながら、そこから先を語らないのは「触らぬ神にたたりなし」の回避ではないでしょうか。
今回の事故の背景には、辺野古周辺で20年以上にわたって続いてきた抗議活動の構造があります。その中には明確な違法行為も含まれています。刑事特別法違反、威力業務妨害、公務執行妨害での有罪判決を受けた者が関わる活動団体の船に、学校が未成年を乗せていた——この事実を直視すべきです。1980〜2000年代には防衛庁庁舎や陸自施設への飛翔体発射という極めて危険なゲリラ攻撃すら存在しました。こうした自衛隊・国防施設への違法な業務妨害行為に対し、現行法の公務執行妨害罪や威力業務妨害罪は刑が軽すぎます。国の安全保障の根幹に関わる施設への妨害行為は、紙幣偽造並みに罪を重くする立法措置——例えば「国防施設等特別妨害罪」として懲役10年以下程度の法定刑を設けることを真剣に検討すべきだと考えます。
また、世羅高校校長自殺事件(1999年)や北教組違法献金事件(2010年)に見られるように、学校現場が特定の政治活動と構造的に結びついてきた問題も切り離せません。「平和学習」の名目で生徒が政治的文脈の中に引き込まれ、安全確認よりもイデオロギー的正当性が優先される土壌は、こうした長年の慣行が作り上げたものです。教育基本法第14条2項が定める政治的中立義務は、現場では形骸化してきた歴史があります。
「基地の是非とは切り離す」という姿勢は議論を冷静に保つ上で有益ですが、それによってより根本的な問題——違法・脱法的な抗議活動が長年黙認され、そこに子どもたちが送り込まれる構造——への言及が薄まってしまっています。安全管理の法整備と同時に、国防関連施設への違法妨害行為に対する罰則強化、そして学校現場の政治的中立の実効的な担保、この両輪を政治家として正面から論じてほしいと思います。