米テロ対策トップ、イラン戦争に反対して辞任:後に続く人は出るか

見出しを読んで、鳥肌が立った。

先月末、イスラエルとともに米国はイランへの攻撃を開始し、これにイラン側が反撃し、中東での戦争が拡大の一方をたどる中、トランプ米政権のテロ対策担当トップが、イラン戦争への反対を理由に辞任し、大統領に「方針を転換するよう」求めたというのである。

辞任したのは、米国家テロ対策センター(NCTC)所長のジョー・ケント氏だ。17日、Xアカウントに投稿した辞任書簡の中で、イランは米国に対して「差し迫った脅威をもたらしていない」と主張。トランプ政権は「イスラエルとその強力な米国内ロビーの圧力によってこの戦争を始めた」と言い切った。

「いよいよ、辞任者が出たか」。筆者は衝撃を覚えた。日々の戦争報道を英国で見聞きし、「止められない」戦争の広がりにひどく落胆していたからだ。

2025年7月に国家対テロセンターの所長に就任したジョー・ケント氏 Wikipediaより

 

クック英議員の辞任の言葉

ケント氏の辞任宣言は、筆者に英国の故ロビン・クック議員の辞任演説を思い出させた。

2003年3月20日、米国は英国やそのほかの同盟国とともにイラクへの空爆を開始した。「違法な戦争ではないか」という声が英国内で根強く存在する中での空爆だった。

開戦前、週末には100万規模の人が反戦デモに参加したこともあったが、当時のブレア英首相はブッシュ米大統領と行動を共にすることに決めていた。

開戦には下院の了承が必要だった。そこで、2003年3月18日、開戦を直前に控えた英国議会の下院で歴史に残る辞任演説が行われた。

議会内で立ち上がった一人が、下院院内総務を務めていたロビン・クック議員である。ブレア労働党政権の閣僚を辞任したのである。「国際的な合意も国内の支持もないまま、英国をイラクへの軍事行動に踏み切らせる決定に、私は閣僚として連帯責任を負うことができない」。

演説の中でクック氏は、開戦の根拠そのものを鋭く問い直した。「イラクはおそらく、一般に言われる意味での大量破壊兵器——すなわち戦略的都市を標的にできる信頼性のある兵器——を保有していない」と断言した。

また、「英国民はサダム(・フセイン大統領)が残忍な独裁者であることは疑っていない。しかし、彼が英国にとって明白かつ現在の脅威であるとは納得していない」 と述べ、国民の良識を代弁した。そして最後にこう締めくくった。

「私は明晩、軍事行動に反対票を投じる人々に加わるつもりだ。その理由で、その理由だけで、そして重い心とともに、私は政府を辞する(I intend to join those tomorrow night who vote against military action now. It is for that reason, and that reason alone, and with a heavy heart that I resign from the government)」と言って、腰を下ろした。

議場では議員たちが立ち上がり、拍手した。

クック氏はその2年後、スコットランドでのハイキング中に心臓発作で急逝した。享年59歳。彼の墓碑には、こんな言葉が刻まれている。「私は戦争を止めることには成功しなかったかもしれない。しかし、戦争の是非を議会が決める権利を守り抜いた」。

ケント氏とは

さて、今回辞任宣言を出したケント氏とはどんな人物か。

米特殊部隊およびCIAの元職員で、現在45歳。妻のシャノン・ケント氏(海軍暗号技術者)は2019年にシリアでの自爆テロにより死亡している。軍では計11回の海外派遣を経験し、イラクでの米陸軍特殊部隊への従軍もその一つだった。その後CIAの準軍事部門に移ったが、妻の死後に政府を離れた。

トランプ氏の長年の支持者で、連邦議会選に2度挑戦したが落選。今政権の発足直後に大統領から指名され、僅差で上院の承認を得た。米国家テロ対策センターの所長就任のための承認審議の際には、極右団体「プラウド・ボーイズ」などの過激派グループとの関係を多くの民主党議員が問題視した。また公聴会では、2021年1月6日の米議会議事堂襲撃事件を連邦捜査官が扇動したという説や、トランプ氏が2020年大統領選に勝利したという主張を撤回することも拒んだ。

つまりケント氏は、トランプ政権の恩恵を最も受けた人物の一人だ。極右グループとの関係や陰謀論的な発言で物議を醸しながらも、大統領の後ろ盾によって要職に就いた。

だからこそ、その彼が「この戦争は間違いだ」と声を上げた事実は重い。単なる反トランプ勢力の批判ではなく、身内からの異議申し立てだからだ。

辞任書簡で書いたこと

辞任の書簡の中でケント氏は、これまでトランプ大統領の外交姿勢を支持してきたと述べた上で、こう綴った。「中東の戦争がいかに多くのアメリカ人の命を奪い、国の富を食い潰してきたか——大統領はそれをわかってくれていると、昨年まで私は信じていた」。

ところが現実には、イスラエルの高官たちや一部の有力メディアが「イランは今すぐアメリカを攻撃しかねない」という情報を意図的に流し続け、トランプ氏が掲げてきた「アメリカ・ファースト」——つまり「余計な戦争に首を突っ込まない」という原則——がいつの間にか捨て去られてしまった、とケント氏は訴えた。

そして書簡はこう結ぶ。「同じ声ばかりが響き合うこの情報空間の中で、あなたはイランが差し迫った脅威だと信じ込まされた。だがそれは嘘だった」。

ケント氏は自身の軍歴と妻の死に触れ、「米国民に何ら恩恵をもたらさず、アメリカ人の命を犠牲にする正当な理由もない戦争に、次の世代を送り出して死なせることは支持できない」と述べた。

この言葉を、単なる政治的声明として読むべきではないだろう。

11回、戦地に赴いた人の言葉だ。愛する妻を戦争で失った人間の言葉だ。だからこそ「次の世代を死なせることは支持できない」という一文は、理屈ではなく、魂から絞り出された叫びに聞こえる。国に命を捧げてきた人間が、「この戦争は間違いだ」と言う——その重みは、他の誰の言葉とも違う。

彼に続く人はいないのだろうか。


編集部より:この記事は、在英ジャーナリスト小林恭子氏のブログ「英国メディア・ウオッチ」2026年3月20日の記事を転載しました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、「英国メディア・ウオッチ」をご覧ください。

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