無能な働き者問題:善意が組織を壊すパラドックス

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働き者が問題解決を目指して業務改善を行う場合、時に最悪手を打って業務の改悪が行われるというパラドックスが起きることがあります。「前向きで好ましい善意によって現場が逆に疲弊する」あの謎現象です。

今回は、その悲劇が起きるメカニズムの一部を考証してまいります。

なぜ「頑張る人」が組織を壊すのか

組織の長にとって部下たちを「適材適所」に配置することは、パフォーマンスに直結する重要な仕事の一つです。その際、「賢明で勤勉な人をリーダーに」「愚鈍で怠惰な人は戦力外に」と考えることは自然なことに思えますが、この考え方に異論を呈する『組織論』があるのをご存知でしょうか。

いわゆる『ゼークトの組織論』(後述)と呼ばれる4分類(※)です。人材を「賢明(有能)か愚鈍(無能)か」「勤勉か怠惰か」の2軸で4種に分類する考え方です。組織のリーダーシップや人材配置を議論する場において適材適所を考える際の「枠組み」として耳にしたことがある人も多いのではないでしょうか。この『組織論』に照らせば、「勤勉な人でも場合によっては組織にとって甚大な害をなすので最も外すべき危険人物である」というのです。

それは一体どういう枠組みなのでしょうか。

(※)当該「4分類」は軍人・政治家であるハンス・フォン・ゼークトの言葉と認識されておりますが、真の発言者はゼークトではなくハマーシュタインと思われます。補足の項をご参照ください。

「有能×勤勉」神話を疑え:4分類の本質

人材を「賢明(有能)か愚鈍(無能)か」「勤勉か怠惰か」の2軸で4種に分類する考え方を俯瞰するためにマトリックスにしたのが次の表1となります。

表1 「人材の4分類と最適な配置先」

4分類とその最適な配置先についての考え方を補足すると次の通りです。

表2 「人材の4分類と最適な配置先」

なお、「賢明/愚鈍」「勤勉/怠惰」といった要素は、あまりに解像度が粗い上、活動分野と評価者側の価値観次第で如何様にも揺れ動く曖昧さを孕んでおります。

また、軍隊組織や戦場のうんざり感から生まれた皮肉や露悪趣味がかった言葉に感じます。それらがその後の世界でもっともらしくカテゴライズされてビジネスの場で使われ続け、少しずつ変化して今に至った考え方のようにも思います。

そのため議論のような多様な参加者とのコミュニケーションの場においては「共通認識」をよく確認しないで用いると恐ろしい誤解を招くリスクがあります(蛇足ですが直近筆者はやらかしました…)。

原因分析はなぜ失敗するのか

原因分析には数々の具体的手法(知的ツール)が存在します。例えば「なぜなぜ分析」や「ロジックツリー」あるいは「回帰分析」などです。これらを分析対象に合わせて使い分けることで、真の原因を究明し、場合によっては有効な対策を講ずることも可能になるでしょう。

ただし、いずれの手法を用いるとしても、大前提として「評価(:主観)を排して客観的事実を把握」したうえでそれが「環境(外的)要因」か「属人的(内的)要因」かについて注意深く分解することが大切になります。

最も危険な人材:「無能な働き者」の破壊力

この事実の把握と要素分解など原因分析に際して必要な知見(経験)が不足すると、ツールを使っても真因の炙り出しに失敗することになります。

例えば「作業者の不注意(のみ)」を原因と特定し対策として「注意喚起を続ける」を選択することなどは、あまり有効とは言えない対策です。それにもかかわらず、なぜその様な「的を射ていない対策」が打ち出されるかというと、「要素分解が浅い原因分析」によって真因の把握に失敗して「何が効果的なのか」が見えないままに走ってしまうからなのです。

また一向に改善がなされないというだけでなく、有効な手当てになっていないにもかかわらず「諸事情から無策で放置というわけにはいかず、とにかく何か改善策を実施する必要がある」といった理由(必要性)から対策が立案されることがあります。その場合、妥当性の検討が不十分なまま実行されてしまうと、効果の見えない余計な作業(付加的なチェック項目や看板)が増設されることにもつながります。

その結果、改善策を推進したはずが逆に現場の業務効率を低下させ、作業従事者の疲弊が一層深まるというパラドックス現象が出現することになります。

これが、冒頭提示した「前向きで好ましい善意によって現場が逆に疲弊する謎現象」のメカニズム(の一つ)であり、人材の4分類において「愚鈍で勤勉」なタイプが「組織にとって甚大な害をなす(※)ので即時排除すべき危険人物である」とする具体例でしょう。

(※)軍事組織においては、例えば「秘匿すべき行動を暴露させて作戦を失敗させ、部隊全体を危険に晒す」などの損害を指すと思われます。現代の営利企業などの組織において「即時排除すべき」などの視点はあまりに過激で適用には慎重であるべき言葉使いでしょう。

排除か育成か:組織が下すべき判断

4分類から抽出すべき教訓は、「勤勉な人だからといって全てが組織の利益となるわけではなく、適切な役割や方向付けが重要であり、場合によっては排除することも必要となる」ということでしょう。

「愚鈍(無能)な働き者」はそのままでは組織にとって大きな損害をもたらすリスクとなります。しかし意欲的な人材は現代においては大変貴重な存在です。今は知識や経験が不足していても、素直に多くを学び知見を深めてくれたならば、将来的には「賢明(有能)な働き者」に進化する可能性を秘めた人材に他なりません(=将来組織を担うリーダー候補、つまり「宝」)。組織の長が適切に関わり、方向よろしく成長を図ることが組織の将来を左右することになるでしょう。

【補足】ゼークトは言っていない?組織論の誤読
『ゼークトの組織論』とは、ヴァイマール共和国の軍人・政治家であるハンス・フォン・ゼークトが語ったとされる格言『士官の四つの資質』などを源として『組織論』にまで昇華された枠組みです。

しかし、『士官の四つの資質』の格言は、実際にはゼークトのものではなく、ヴァイマール共和国のクルト・フォン・ハマーシュタイン=エクヴォルト将軍の言葉であり、人口に膾炙しているその内容もまた不正確である、と唱える論考(:石部統久氏)があります。

なぜ士官の4つの資質の格言はゼークト由来と誤解されたのか?|石部統久@mototchen
がんこなハマーシュタイン ‎Gemini - 士官の資質格言、ゼークト誤解の真相Created with Geminig.co ‎Gemini - 士官の資質格言、ゼークト誤解の真相Created with Geminig.co なぜ士官の...

(私はこの論考を有力視します。ただし、私はまだその根拠として挙げられた著書『Der Geknöcherte Hammerstein(がんこなハマーシュタイン)』(ハンス・マグヌス・エンツェンスベルガー著)を直接確認していないので確信段階にはありません。)

同書においては、(おそらく将校について)次のように言明しているとされます。

「『賢い(有能な)怠け者』は最高の指揮官になる資格がある。なぜなら重要な決心に必要な頭脳と胆力があるからである。排除すべきは『愚か(無能)な働き者』である。なぜなら害悪しかもたらさないからである。」

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