何故多い怨恨とストーカー

池袋のサンシャインシティで悲惨な事件が起きました。復縁を迫る男が刃物を持って女性の勤め先に表れ、そこで刺し殺し、自分もそこで自死したのです。この案件は殺された女性が警察に相談に行っており、その際に自宅まで同行した警察官が自宅のところで待ち伏せする犯人を見つけ、現行犯で逮捕されるも釈放の2か月後に今回の犯罪に及びました。

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私には日頃から当たり前に起きる一社会事件と聞き流すにはいかなくなってきたと思います。というのは目立つ事件、目立たたない事件にかかわらず、日本で怨恨とストーカー絡みの問題があまりにも多く、私のような世代、あるいは海外に住む者からすると「日本はいったいどうしちゃったのだろう」と思わずにいられないのです。

もちろん、北米でも同様の問題はあります。例えばアメリカはある程度の高報酬の業務についたりプロモート(昇格)されればその責任見合いの業務になり、その精神的負担は急上昇します。それこそこの精神的負担率を数値化してグラフにできるのなら明白な傾向が見えることでしょう。その為に割と高いレベルの仕事をする人に自分の抱えるストレスや悩みから解放するために多幸性のオピオイドのようなドラッグ、大麻などを利用するわけです。当然、過剰摂取で死に至る若者も年間10万人弱います。アメリカも州によりそのあたりの規制は緩いところもあるので日本から見れば無茶苦茶な国だな、と思うでしょう。

では日本。ドラッグなど絶対に許されないのが日本のルールですから同様のケースが日本であった場合、極めて高いストレスを制御する方法はどうしたらよいのでしょうか?このストレスは別に仕事だけでたまるものではありません。むしろ会社のようにガバナンスという名のストレス リリーフ対策がある場合と違い、私生活において個々抱える様々な問題に精神的に対処できない、これが現在の日本の問題ではないか、と私は考えています。

私生活におけるさまざまな問題は実に広範囲に及びます。高齢の親の面倒、特に認知症が絡むと大変です。家族間の金銭トラブルも収拾がつきにくい問題です。お金を借りる人は返すあてがないことが多いのですが、家族や親戚だと貸す方も無下にできず、それが後々大きな問題になりやすいでしょう。育児ノイローゼもあるし、離婚問題や家族内別居などを抱える人も多いはずです。事実、殺人事件は人口比で見ると極めて少ない日本ですが、怨恨型の殺人事件に限っていえば欧米の2倍にも上るとされます。

今回のテーマである怨恨とストーカーですが、特に若者の私生活におけるトラブルの処理をどうするか、これが今日のブログの課題であります。

まず、若者が親元を離れ、一人暮らしをする場合です。近年は飲み会とか仲間内でオフ会などリアルで集まる行為が減ってきています。(女性は比較的大丈夫なのですが、男性が内にこもりやすい傾向が見て取れます。)飲食店の経営を見ても「おひとり様歓迎」の時代です。我々の頃にはあまりなかった光景です。つまり一人暮らしだとSNSとインターネット、AIがあれば目先の生活には何ら困らないのです。その上、社会との共生もあまりしないとガールフレンドを作る機会は当然、激減します。もしもその機会があればなかなか彼女を手放せないのが男の心理ではないでしょうか?

そのような環境下ならば相手女性と付き合う、付き合わないにかかわらず出会いという接点が出来れば男の側はどうしても自分に振り向かせたく、次に独占欲が出来る、そしてその独占欲は強度な妄想を伴うこともあるのです。特に相手方女性が仮に会社の男性と仕事の話をしていてもそれが楽しそうに見えれば「あいつ、怪しい。出来ているのではないか」と思う訳です。その場合、親しい友人や兄弟でもいればまだ相談もできますが、一人っ子主流時代で兄弟間の結びつきも薄弱になり、親しい友人もいない今、ブレーキは何処にもない、これが現実なのだと思います。

この問題につき、対処療法的には逮捕し、接近禁止命令を出すことは可能です。しかし警察も人的に限界があり、私生活の問題に何処まで立ち入れるか、という微妙なところもあります。また逮捕者を出せばそれでこの問題が収まる論理的理由は今回のケースのようにあまりないように思えるのです。

つまり根本治療しかない、これが私の思うところですが、さて、どうするか、これは難問です。

これらの問題の根源にあるのはコミュニケーション欠如だと考えています。青春時代からクラスメートとはLINEや裏アカウントで好き放題の言語記述による発散をします。それも極めて短文、ないし少ない単語の列記です。これは人間を退化させることは私がこのブログで十数年も前から指摘してきたことであり、退化=動物化や野生化した人間が事の善悪の判断能力を身に着けられずそのまま大人になるのでうまく行っている時は機能するも、一旦何か起きれば極めて深刻な問題になりやすいとも言えます。

リアルの対話や会話、飲み会、集会への参加はかったるいかもしれません。しかし、社会をそういう方向に戻す意識をしなければ自分だけのナラティブに落ち込む精神薄弱な人が加速度的に増えるということです。

それこそ政府がこの辺りの音頭取りと啓蒙をするべきです。一部の海外の国やエリアでは年少者のSNSを禁じ始めています。オーストラリアやEU諸国です。これらの国々でも議論は相当紛糾したようですが、時の政権なりが「大人目線」でこのままでは大変なことになる、という一種の「親心」的な判断を下したのです。英断だと思います。

日本では一部の市町村以外、議題にすら上がってきませんが、私は国を挙げて取り組む最優先課題の一つにすべきだと考えています。人間は人間であり、古代ギリシャ、ローマ時代から大した変化はしていません。が、テクノロジーが急速に発展し、社会構造が変化したことで人間らしさが失われたとするならば人間の根本についてギリシャ時代に学ぶこともありなのかもしれません。

では今日はこのぐらいで。


編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2026年3月30日の記事より転載させていただきました。

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会社経営者
ブルーツリーマネージメント社 社長 
カナダで不動産ビジネスをして25年、不動産や起業実務を踏まえた上で世界の中の日本を考え、書き綴っています。ブログは365日切れ目なく経済、マネー、社会、政治など様々なトピックをズバッと斬っています。分かりやすいブログを目指しています。

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