コロナ政策の徹底検証(後編):「接触8割削減」のずさんな説明

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代替案を不利に扱う操作

前稿で、8割削減が必要との主張の背景にあるモデル分析は、内的な整合性を欠くものであることを説明した。

コロナ政策の徹底検証(前編):「接触8割削減」に科学的根拠はなかった
「根拠と言えるものではない」のはしご外し筆者は、昨年『コロナ対策の政策評価』を上梓した。拙著の帯には「接触8割削減の科学的根拠を問う」と書かれており、6年前の2020年4月7日に緊急事態宣言が発出された際に、感染症数理モデルの分析に基づき感...

じつは、8割削減が必要との主張には、モデル以外のところにも、どのように説明されたかの部分に、科学的助言としての信頼性を疑わせる、以下の4つの大きな問題がある。

第1の問題。2020年4月29日、連休中にもかかわらず衆議院予算委員会では新型コロナ対応についての審議がおこなわれた。そのなかで安倍晋三首相(当時)は、「総理から国民の皆さんに、この8割の行動制限なぜ必要なのか、数字を入れて、是非このテレビを通して訴えていただきたい。」との質問に対して、以下のように答弁した。

「また、8割の低減に満たなかった場合については、4月22日の専門家会議の提言において、1日当たりの新規感染者数が500から100までに減少する時間について、接触削減が80%であれば15日間要するところ、65%であれば90日以上を要するということが示されているところでございます。」

この答弁の内容は、4月22日の新型コロナウイルス感染症対策専門家会議の提言(図1)に沿ったものである。

図1 接触8割削減のシミュレーション(決定稿)
出所:「新型コロナウイルス感染症対策の状況分析・提言」(新型コロナウイルス感染症対策専門家会議、2020年4月22日)

図1ではシミュレーション開始から20日目で接触削減が始まり、8割削減と6.5割削減の場合の新規感染者数を比較している。感染日と報告日の2つの数値があるが、感染日に着目しよう。何日で新規感染者数が100人まで低下するのかの計算では、「8割削減では15日かかる」とは、接触削減開始から数えて15日としている。

一方で、「6.5割削減では90日以上かかる」は、シミュレーション開始から数えて90日以上としている。明らかに同じ日を起点にして日数を数えるべきであるが、そうなってはおらず、6.5割削減が不適切にも20日も前から数えられている。

まれに見る国会の迷答弁であるが、専門家会議の提言からそのまま引用しているので、専門家会議の提言自体が迷資料ということになる。

第2の問題。ところで図1では、シミュレーションは80日までしか示されておらず、90日以上かかることは示されていない。

じつは、図1が収録された資料は会議後に公開された決定稿であり、会議に提出された提言(案)にある図は90日まで示されているが、90日以内に新規感染者が100人を切っている(図2)。つまり、本当は90日以内であるものが90日以上かかると説明されていた。そして、決定稿ではこの間違いがわからなくなるように図が変更された。

図2 接触8割削減のシミュレーション(案)
出所:「新型コロナウイルス感染症対策の状況分析・提言」(案)(新型コロナウイルス感染症対策専門家会議、2020年4月22日)

第3の問題。さらに、新規感染者数100人を示す線は水平線であるべきであるが、じつは図1、図2とも右に傾いている。このため、接触削減割合が小さいほど、この線と交わる時刻が遠ざかることになる。

第4の問題。国会答弁では8割削減と6.5割削減が比較されていたが、そもそも対策の決定時には8割削減と7割削減が比較されていた。そのときに奇妙なことが起こっている。

モデルは新規感染者の感染日を記述しているが、現実には感染日は観測できず、行政に報告された報告日別に新規感染者が数えられる。感染日から報告日まで15日間の遅れが生じるとされて、感染日ベースの新規感染者数が100人を切る日数に報告日までの遅れを加える形で確認されていた。

西浦教授の説明から、感染日で見た100人を切る日数と報告日で見た100人を切る日数を紹介すると(図3)、8割削減と6.5割削減については、4月10日のインタビューで「感染から発病、診断など目に見えるまでの時間が15日加わ(る)」と説明している。ところがその前日の説明では、7割削減では報告まで1か月かかることになっていて、7割削減の説明だけが報告日までの遅れが倍になっている。

図3 感染者100人が確認されるまでの日数

以上をまとめると、前回紹介した内的な整合性を欠くモデルを用いたことに加えて、緊急事態宣言に関係する説明では7割削減だけ報告遅れが長いという問題点が見られ、国会答弁に関係する説明では、100人の線が傾く、以下を以上とする、接触削減開始以前の日数を片方だけに加える、という科学的手続きとして不適切なデータの取り扱いが見られる。

これらのことから接触8割削減の推奨はおよそ科学的な手続きに則ったものとは認められない。そして、これらの不適切な手続きは、すべて感染症専門家の推奨する8割削減を代替案より有利にする方向に働いていた。

専門的助言の信頼性を問うことが検証の前提

この連載では、接触8割削減の背景には科学的に大きな問題があることを見てきた。新型コロナ対策で感染症数理モデルによる分析が重要な影響をもったことは、これまでの感染症対策にはなかったことである。そして、対策の評価においては、科学的に正しい内容の助言がおこなわれたことを暗黙の前提として議論されてきた。

しかし、とくに社会に大きな影響を与えた接触8割削減では、信頼の置けない助言がされていたことを前提にしないと、議論は事実誤認から出発することになり、危ういものとなる。そして、どのように専門的助言の質を担保するのか、というあらたな重要な課題が浮かび上がる。

拙著『コロナ対策の政策評価』はそのことを指摘して、そこからコロナ対策を評価する作業に入る。拙著が出発点とした問題に気づいている人はこれまで少なく、拙著は孤独な作業であったが、政策過程、科学コミュニケーション、科学技術政策分野の研究者に少しずつ認知されてきているように感じる。これから一層の広がりをもって、正確な事実を把握したうえでのコロナ対策の検証が進むことが望まれる。

コロナ対策の政策評価

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