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(前回:病院という聖域⑪:なぜ日本だけがマスクを外せなかったのか(後編))
根拠の崩壊、2兆円の調達、医師独占体制、6,653億円の廃棄
新型コロナワクチン政策の問題は「説明が不十分だったのか」ではなく、「接種を最大化するために情報と制度が設計されていたのではないか」という問いとして捉え直すべきではないか。
若者への接種推奨を支えた3つの前提はすべて崩れ、2兆円超の調達は算定根拠不明のまま6,653億円を廃棄し、医師独占体制が高額報酬を生み、健康被害は過去45年分を超えた。
本稿はこれらを「設計の問題」として検証する。
崩れた3つの前提——若者に残ったのは心筋炎リスクだけだった
尾身発言と心筋炎グラフが示す構造的矛盾
「打つことは、守ること」
「#思いやりワクチン」
このキャンペーンは3つの前提に立っていた——①接種で他者への感染を防げる、②若者も重症化する、③副作用より感染リスクが大きい。これがすべて崩れた。
2025年6月8日、読売テレビ「そこまで言って委員会NP」で元新型コロナ対策分科会会長・尾身茂氏が述べた。
「感染防止効果、感染を防ぐ効果は残念ながらあまりないワクチンです」
「若い人は感染しても重症化しない。これについては、本人たちがやられたいんならどうぞ」
(尾身茂氏、読売テレビ「そこまで言って委員会NP」、2025年6月8日)
前提①②が崩れれば利他的にも自己防衛的にも打つ根拠が消える。橋下徹氏が「そのアナウンスは聞かなかった」と問うと、尾身氏は「記者会見では何度も言ってますが、テレビでは他のほうをやるから」と答えた。情報は存在したが、市民に届く形では流通しなかった。
前提③は厚労省が2021年10月に公表した心筋炎グラフで示された。しかしこのグラフには構造的な疑義がある。

- ワクチン接種側は「10代(12〜19歳)」「20代(20〜29歳)」と細分化する一方、感染症側は「15〜39歳(国内)」「12〜17歳(海外)」と異なる年齢区分・データソースを並列。
- この資料はその後差し替えられており、当初の提示に問題があったことが事実上認められている。
3前提がすべて崩れたとき、若者に残ったのは何か。感染予防効果がなく重症化もほぼしない若年男性にとって接種のメリットは実質消える。一方で接種後の心筋炎・心膜炎リスクはゼロではなく、20代以下の健康被害認定件数は1,047件以上に達している(後述)。「思いやりワクチン」は根拠を欠いたまま心筋炎リスクの積み増しだけをもたらした可能性がある。
2兆4,718億円の調達と医師独占体制
各プレイヤーの合理的行動が生んだ接種最大化の構造
政府は4社と計8億8,200万回分・確保費用約2兆4,718億円の契約を結んだ(会計検査院、2023年3月)。
■ ワクチン調達契約の内訳

ワクチン調達契約の内訳
出典:会計検査院(2023年3月)、首相官邸資料
算定根拠について会計検査院は厚労省から十分な説明を得られなかった。廃棄・キャンセルは以下の通りだ。
■ 廃棄・キャンセルの内訳

廃棄・キャンセルの内訳
出典:会計検査院(2023年3月)、毎日新聞(2023年3月)、厚労省国会答弁(2024年4月)
2024年4月の国会答弁で廃棄が「約6,653億円(概算)」と認められながら「無駄とは考えていない」と述べられた。製薬会社との契約書は長年非公開とされ、2025年10月に東京地裁が不開示決定を違法と判断して初めて開示の俎上に上がった。
接種体制についても重大な問題がある。日本では打ち手が原則として医師に限定され、看護師・薬剤師等への拡張が遅れた。日本医師会会長は薬剤師活用の検討に対し「医師・看護師・歯科医師が確保できない時の次の選択肢」と位置づけ、審議会でも医師会常任理事が薬剤師参加の文言限定を求めた(厚労省検討会、2022年8月)。
結果として医師中心の体制が維持され、財務省の調べで集団接種の医師の平均時給は1万8,884円(2022年度実績見込み)、無床診療所の利益剰余金はコロナ2年間で平均1,900万円増加した(財務省調査)。接種回数に応じた報酬構造は接種最大化へのインセンティブとして機能した。
過去45年分を超えた健康被害認定
滞った審査と届かなかった周知
予防接種健康被害救済制度は2021年8月に審査開始。2025年3月末時点で受理1万3,000件超、うち9,031件が認定、死亡一時金認定は998件に上る(共同通信、2025年4月4日)。
■ 健康被害救済制度の審査状況(2025年3月末時点)

健康被害救済制度の審査状況(2025年3月末時点)
出典:厚労省・疾病・障害認定審査会資料、共同通信(2025年4月4日)
比較軸として、過去45年(1977〜2021年)の全ワクチン認定累計は3,522件・死亡151件(日経ビジネス)。コロナワクチンはわずか4年でこれを大幅に超えた。
この数字をどう読むか——制度の性格を正確に理解する必要がある。認定審査は予防接種・感染症・医療・法律の専門家で構成される疾病・障害認定審査会が、接種前後の健康状態・経過を総合的に調査した上で判断する。審査基準は「予防接種が疾病を招来した関係につき、一般人をして疑問を差し挟まない程度の蓋然性があること」とされており、疑わしいものを広く救済する制度ではない。
一方で「厳密な医学的証明は要しない」という設計は、現在の科学の限界を制度が正直に認めたものでもある。個別事例において「このワクチンがこの人の死亡を引き起こした」という因果関係を厳密に証明することは、現在の医学では原理的に不可能だ。接種後の有害事象は背景死亡率との比較と時間的蓋然性でしか評価できない。つまり9,031件という認定数は、科学的に可能な範囲で最も厳格な審査を経た数字として受け止めるべきであり、「制度が緩いから多い」という矮小化は事実に反する。
2022年11月時点で418件の死亡事案が自治体審査を終えていたが、厚労省完了は11件(3%弱)——接種推進と被害審査の非対称性は際立っていた。
予算面でも規模の想定外が裏付けられている。健康被害救済の当初予算は3億6,000万円だったが、補正予算で397億7,000万円と実に110倍に膨れ上がった(武見厚労大臣への国会質疑)。mRNAという新機序のワクチンに対し、安全監視体制が想定外の規模で機能不全を起こしたことを示している。
さらに接種歴別感染率データも途中で消えた。2022年5月の集計方法誤り(接種歴未記入を「未接種」に計上)が発覚・修正されると、複数年代で接種者の感染率が未接種者を上回る逆転現象が生じた。同年秋の全数把握見直しで公表は事実上終了し、国民が接種効果を検証する手段は失われた。
こうした状況に変化の兆しもある。2026年5月、第100回日本感染症学会総会で「COVID-19ワクチン接種が超過死亡を増加させる因果的効果」と題する演題(P-140、筆頭著者・張聡穎氏)が採択された。北温帯・北寒帯29か国のビッグデータ解析に基づき、ワクチン接種による超過死亡がCOVID-19自体を上回る可能性を示唆するもので、主要学会でこうした研究が発表される段階に至ったことは注目される。
「異論なき空間」で展開されたキャンペーン
尾身氏の「テレビでは流れなかった」が示すもの
尾身氏は「記者会見では何度も言っていた」という。だとすれば届かなかった責任はどこにあるのか。司令塔として情報が届いていないと知りながら是正しなかった責任は免れない。そのテレビで「思いやりワクチン」キャンペーンは流れ続けた。

2021年9月のABEMA Primeで忽那賢志氏が接種推奨を展開した際、中川淳一郎氏は正面から問い返した。
「なぜ若者が利他的にワクチンを打たなくてはいけないのだ。20代以下は死なないウイルスのためのワクチンを、リスクがある高齢者のために打つ必要はないだろ?」
(中川淳一郎氏、ABEMA Prime 2021年9月出演時の発言。デイリー新潮 2022年9月、X投稿 2024年4月18日)
忽那氏は「人間は一人で生きているわけではない」と答えた。中川氏は後に「オレは狂人扱いされた」と振り返り(X投稿、2024年4月)、この場面は小林よしのり氏の『ゴーマニズム宣言』にも取り上げられた。
この問いは異論として排除されたが、2025年の尾身発言——「感染予防効果はあまりない」「若者は重症化しない」——によって事後的に裏付けられた。
問われるべきは「誰のための設計だったのか」
3前提はすべて崩れ、6,653億円が廃棄され、健康被害認定は45年分を超え、異論は届かなかった——これらを「説明の不備」と呼ぶには無理がある。
誰かが悪意を持って設計したということではない。メーカーは免責付きで供給し、厚労省は算定根拠を残さず調達し、医師会は打ち手限定を維持し、医療機関は接種回数に応じた報酬体系の中で合理的に動き、分科会は推進立場を維持し、メディアは推進側の声を主に流した。
各プレイヤーが自己利益に従って合理的に行動した結果、接種最大化に機能する構造が出来上がった——これを「合成の誤謬」と呼ばずして何と呼ぶか。
尾身氏は「記者会見では言っていた」と言う。しかし届かなかった事実を把握しながら是正しなかった司令塔としての責任は免れない。個人の悪意を問うのではなく、この構造そのものを解体することが次の危機への備えである。
※ 本稿の数値は会計検査院報告書(2023年3月)、厚労省国会答弁(2024年4月)、共同通信(2025年4月4日)、財務省調査、東京新聞(2023年)に基づく。
※ 尾身茂氏の発言は読売テレビ「そこまで言って委員会NP」(2025年6月8日放送)による。重症化・死亡予防効果については同番組内で「高齢者において間違いなくある」と述べている。
※ 健康被害救済制度の認定審査は専門家による厳格な審査を経るものであり、「疑わしいものを広く救済する制度ではない」とされている。「厳密な医学的証明を要しない」という設計は、個別事例での完全な因果証明が現在の医学では原理的に不可能であることを踏まえた制度上の配慮である。
※ 東京地裁による購入契約書の不開示決定取り消し判決は2025年10月9日付。
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【次回予告】
次回は、こうした専門家たちの非科学的な根拠や不確かな研究が、いかにして政策そのものを歪めたかを追っていく。
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