高市政権の外交を酷評したフィナンシャル・タイムズの論説が話題になっているが、これは伝統的な日本外交の問題である。
Japan is in need of a plan B to dependence on the US. There may not be one. https://t.co/m85bp1lgCh pic.twitter.com/P2FUzgVbwi
— Financial Times (@FT) April 10, 2026
対米投資という「みかじめ料」
トランプは、イラン情勢への協力不足を理由に日本を名指しで批判するなど、同盟国に対して極めて取引重視の姿勢を強めている。
-
経済的圧力: 日本は関税回避のため、5500億ドル(約80兆円超)という巨額の対米投資を約束させられた。専門家はこれをみかじめ料と表現している。
-
不確実性の継続: 安倍元首相がかつて解消したはずの「日本の車検制度(ボーリング球テスト)」という架空の非関税障壁を、トランプが再び持ち出すなど、合意が積み上がらない不安定な状態が続いている。
高市首相の「武器級のおせじ」戦略
高市はトランプを懐柔するため、「世界平和を実現できるのはあなただけだ」と露骨に媚びを売る武器級のおせじ(weapons-grade flattery)と戦略的投資を組み合わせて対応している。
-
成果と限界: 首脳会談で「米国の核の傘」の維持などは確認したものの、その直後にトランプから批判を浴びるなど、高市の努力は一時的なしのぎに留まっているのが実情だ。
-
憲法改正の背景: 高市は選挙での大勝を背景に憲法9条改正を目指しているが、これは米国依存からの脱却というより、トランプからの「負担増」要求に応えるための苦肉の策という側面が強い。
日本が恐れる「悪夢のシナリオ」
日本政府が最も警戒しているのは、トランプが習近平と直接ディールを行い、G2(米中二強体制)を構築して日本を置き去りにすることである。
-
台湾問題での米国の沈黙: 台湾有事に関する高市の発言に対し中国が猛反発した際、米国は目立った擁護を行わなかった。米国の同盟国に対するコミットメントへの疑念が深まっている。
「プランB」の不在
かつて「NOと言える日本」という言葉があったが、現在は「NOと言えない日本」という現実に直面している。
-
選択肢の欠如: 中国、北朝鮮、ロシアという脅威に囲まれた日本にとって、核武装やアジア独自の防衛網といった代替案はどれも非現実的であり、対米追従を続ける以外に道がない。
-
知米派の限界: 日本の官僚や政治家の中には、現在の混乱を一過性のものとして耐え忍び、トランプ退陣を待つべきだというアメリカ・スクール(知米派)の考えが根強く残っている。
戦後ずっと日本はアメリカにNOといえなかった。それは変な憲法を改正しないでアメリカの占領統治を延長してきた自業自得である。







コメント
まず賛同できるのは、トランプ外交の本質である「合意が積み上がらない不安定性」への懸念です。
一度の首脳会談で長期的な安定を確保することは構造的に困難であり、台湾有事における米国の曖昧な態度や、米中によるG2構築を通じた日本の孤立という「悪夢のシナリオ」への警戒は、極めて現実的な懸念として共有できます。
しかし、問題は5500億ドルの対米投資を「みかじめ料」と断定している部分です。
投資の評価とは、リスクとリターンの両面を天秤にかけて初めて可能になります。
対米投資にはリターンが存在します。それに加えて、関税圧力の回避、サプライチェーンの現地化による安定化、米国内での雇用創出を通じた政治的影響力の獲得といったメリットも存在します。
日本企業が米国に生産拠点を持つことは、将来の保護主義に対する構造的なヘッジにもなり得るのです。
リターンの検証を放棄し、ただ「アメリカの脅しに屈した」と政治的文脈のみで「みかじめ料」とレッテルを貼る姿勢は悪意に見えます。
リスクもリターンも一切見ない投資批判は、専門家の議論として成り立ちません。専門家の皮をかぶった単なる悪意と言わざるを得ません
また、高市首相の「武器級のおせじ」を嗤うのは容易ですが、相手の自尊心をくすぐりながら投資を外交カードとして切ることは、
冷徹な現実主義に基づく戦略です。困難な環境下で「核の傘の維持確認」を引き出した事実は、評価の俎上に載せるべきです。
さらに、記事は「NOと言えない日本」を自業自得とし、憲法改正を「苦肉の策」と矮小化しています。
周辺を核保有国に囲まれ、同盟に代わる代替案がないと記事自身が指摘しながら、選択肢のなさを責めるのは論理的矛盾です。
自主防衛能力の強化を目指す憲法改正は、むしろ対米依存を軽減し、「NOと言える日本」に近づくための重要な前提条件であるはずです。
私たちが注視すべきは、「媚びを売っている」といった主観的で情緒的な批判ではありません。
その投資が日本にとって見合うディールになっているかという、数値データに基づく冷徹な検証こそが求められています。