それは考えてはいけない——統合失調症の社会的入院が社会保障費を食い続ける理由

東 徹

溜飲が下がった精神科医も多いはずだ

2026年4月15日、東京地裁がひとつの判決を下した。 東京都足立区の「綾瀬病院」をめぐる損害賠償訴訟である。

統合失調症で入院中の40代女性が「退院したい」と弁護士に相談。弁護士は病院側と約2か月調整したが進展がなく、精神保健福祉法に基づき都に退院請求を申し立てた。その約2週間後、病院側は突然「今日退院させる」と弁護士事務所に連絡し、院長らが女性を連れて事務所を訪れ、「退院請求した責任を取ったらどうか」と言い残して立ち去った。

弁護士2人は「報復による業務妨害」として660万円の損害賠償を求めたが、東京地裁は「報復の意図があったとは認められない」として棄却した。

少し溜飲が下がる思いをした精神科医も多いことだろう。しかし、この裁判が示す問題は、病院対弁護士の個別の争いをはるかに超えている。

日本の社会保障の構造的な矛盾が、この事件に凝縮されているからだ。

まず財政の話から始めよう

日本の医療費増大は深刻な問題だ。その大きな要因のひとつが入院患者数の多さ、すなわち病床数の多さである。

厚生労働省の2024年データによれば、日本の精神病床は約31.6万床、人口10万人あたり255床で、病院病床全体の約21.5%を占める。精神病床の平均在院日数は255日、1年以上入院している患者は約16万人で全体の約60%にのぼる。

これは国際的に見て異常な数字である。欧米諸国の精神科平均在院日数は数週間から数か月であり、日本の255日という数字は桁が違う。

この長期入院の多くは「社会的入院」と呼ばれる。病状は安定しているが、退院後の住居や支援が見つからないために入院が続いているケースである。この無駄な入院が医療費を押し上げている。今回の裁判は、まさにこの社会的入院をめぐる争いの縮図だ。

精神医学の本流は統合失調症

ここで少し立ち止まって、精神医学の話をさせてほしい。

近年、精神科というとうつ病や不安障害など、街のメンタルクリニックのイメージが強い。しかし精神医学の本流は統合失調症である。最も重く、最も長く、最も社会との軋轢が大きい疾患だ。そこから目を背けたまま、精神医療の問題を語ることはできない。

統合失調症は約100人に1人の有病率を持つ、決して珍しくない疾患である。かつては「1/3は回復、1/3は中間、1/3は慢性化」と言われていた。現代の薬物療法ではこの予後は改善されているが、一定数が長期的な支援を必要とする疾患であることに変わりはない。

そして統合失調症は慢性化すると「陰性症状」と呼ばれる症状が前景に立つ。意欲が乏しくなり(無為)、外界との関わりを断つ(自閉)。病状が安定していても、本人が退院を望まず、社会への一歩が踏み出せない状態になる。

なぜ精神科病院に長く入院するのか

精神科の社会的入院が多い理由は複合的だ。歴史的には、19世紀ごろまで精神疾患の患者は鎖に繋がれたり、自宅に閉じ込められたりしていた(私宅監置)。それを医療として診ていこうという流れが世界的に起こり、入院での治療が始まる。

そして徐々に「病院に閉じ込めておくのも良くない、社会の中で見ていこう」という流れが起こる。日本はこのいずれの流れにも少し遅れてきた。その遅れが、今の精神科病床の多さに表れている。

入院が長引く理由はさらに三つある。

一つは差別の問題だ。統合失調症患者をなるべく社会から遠ざけたい、という社会の要請がある。精神科単科病院が都市部から離れた場所に多数あるという状況が象徴的だ。退院先が見つかりにくいのも、この差別の問題と無関係ではない。

もう一つは医療費の構造問題だ。精神科病院はこれまで入院患者が多い方が収益が高いというモデルで運営されてきた。退院させることは収益減になる。退院へのインセンティブが低く、社会的入院が温存される構造がある。

三つ目は、患者・家族側の事情だ。当の患者自身も、退院を望まないケースが多い。陰性症状のため意欲が乏しく、退院への一歩が踏み出せない。家族も、病状が重かった頃の苦い記憶から受け入れを渋る。単身で住む家を探しても見つからない。グループホームも空きがない。

私が精神科医になりたての頃、退院支援病棟でこのような患者の担当をしていた。なかなか退院が進まない中で、ある時ふと思った。本人も家族も退院を嫌がっている。退院させても病院は収益が減るだけ。一体誰のために退院を促進しているのだろう、と。

先輩に聞いてみると、こんな答えが返ってきた。

「それは考えてはいけない」

つまり、今の日本の精神医療は壮大な矛盾の中にある。

病院と弁護士はなぜ衝突するのか

この背景を踏まえると、今回の裁判の構図が見えてくる。

精神科病院では、患者の人権を守るために弁護士への電話・面会が法的に確保されている。虐待が疑われる病院に対して弁護士が介入し、告発してきたことは意義深い。精神科病院における虐待は今なおなくならない重大な問題である。数年前に大きく報道された滝山病院問題については詳説したのでこちらを参照してほしい。

滝山病院事件はなぜ起きたのか NHK番組解説|東 徹 精神科医
滝山病院に関するNHKの番組を見て 驚いた方も多くおられると思いますが、 衝撃だけは感じても、 それが何なのか、 何故起こったのか、 背景にあるものは何か、 などはおそらく一般の方にはほとんどわからないと思います。 ですので、 真実はわから...

しかし何事にも程度がある。患者の訴えを鵜呑みにし、病状の理解なしに無理な退院を進める介入は、問題をより複雑にするだけで解決にならないことも多い。良心的に退院支援をしている精神科医が「弁護士の介入はただただ問題をややこしくするだけ」と辟易する経験は珍しくない。

今回の事件では、退院請求は既に申し立てられており、精神保健福祉法上、精神医療審査会が退院請求を認容した場合、病院は72時間以内に退院させなければならない。病院側は認容決定の前後いずれかの時点で弁護士事務所に患者を連れて行ったと考えられるが、「退院請求した責任を取れ」という発言は、その経緯への抗議としても読める。

病院の対応は拙速だった可能性もある。区役所の福祉窓口に事前連絡し、生活保護申請と一時保護の調整をした上で患者を連れて行けば、「退院後の保護への接続」という正当な手続きになっていたかもしれない。病院側にも改善の余地はあっただろう。

しかし根本的な問題は別にある。

本当の責任の空白はどこか

病院は治療機関であって、住宅確保機関ではない。しかし現状では、退院支援という名のもとに住居探しまでが病院の役割として押し付けられている。

弁護士は権利擁護機関であって、退院後の生活保障機関ではない。しかし退院を勝ち取った後、患者がどこで、どのように生きるかについては沈黙する。ここに巨大な「責任の空白」がある。

退院後の住居・生活・福祉の最終責任主体が曖昧なまま放置されているために、現場で病院と弁護士が衝突する。

「社会的入院」という言葉には、その矛盾が凝縮されている。「社会的」という言葉を使いながら、その責任を「社会=行政」が取っていない。病院が仕方なく肩代わりしているだけだ。

世界はどう対処してきたか

この問題は日本だけのものではない。

アメリカは早くから脱施設化を進めた結果、行き場を失った重症精神疾患患者がホームレス化し、犯罪を犯して刑務所に入ることになった。刑務所もまた莫大な公費がかかる。

その反省から最近では「再施設化」の動きが出ており、ニューヨーク州知事による強制入院基準の引き下げ提案や、バージニア州の研究者による州立精神科病院の増床提言が相次いでいる。

The US Is Witnessing the Return of Psychiatric Imprisonment
Across the country, a troubling trend is accelerating: the return of institutionalization – rebranded, repackaged and fr...

一方、イタリアは地域での手厚い支援体制を整えることで脱施設化に成功した、とされる。しかし手厚い支援にはそれなりのコストがかかる。社会との軋轢を避ける努力も不可欠だ。

簡単な解決策は世界的に見つかっていない。しかし日本は無駄な入院が多すぎる、というのは多くの精神科医が同意するところだ。

提言:治療と退院支援の責任を分けよ

ではどうすべきか。

まず、治療と退院支援の責任の所在を明確に分けるべきだ。

病院は治療する。ある程度、入院治療の必要性がなくなった患者の退院支援は、行政の義務とする。住居が見つからないために社会的入院が続くのは病院の責任ではなく、行政の責任だ。そもそも「社会的」入院であるならば、その責任は社会の側=行政が整備すべきことである。

具体的には、治療が一定段階に達した患者については、区役所の福祉事務所が生活保護申請・救護施設・グループホームへの接続を義務的に担う仕組みを制度化すべきだ。病院のPSW(精神保健福祉士)が行政の仕事を肩代わりしている現状を終わらせる必要がある。

もちろん、これだけで解決するわけではない。診療報酬の改定による退院インセンティブの改善、精神科単科病院の総合病院化による身体合併症への対応強化、虐待防止のための透明化も必要だ。問題は山積みである。

しかし第一歩として、社会的入院の解消責任を行政に明確化することが不可欠だ。

今回のような病院と弁護士の不毛な争いを終わらせるためにも、直ちに行政が本腰を入れるべきである。


編集部より:この記事は精神科医である東徹氏のnote 2026年4月16日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は東徹氏のnoteをご覧ください。

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