
kanzilyou/iStock
日本の中小企業政策には、他国と決定的に異なる特徴がある。それは「淘汰を前提としない」という点である。
本来、市場経済において企業は競争にさらされる存在である。競争に勝てば成長し、負ければ退出する。この新陳代謝こそが、生産性の向上と経済成長の原動力となる。しかし日本では、この当たり前のメカニズムが機能していない。
なぜ日本だけが中小企業を淘汰できないのか。
第一の理由は、政治構造にある。
中小企業は日本企業の99%以上を占め、雇用の約7割を担っている。この巨大な層は、そのまま巨大な票田でもある。政治にとって中小企業は「守るべき存在」と位置付けられやすく、淘汰や再編を正面から語ることは避けられてきた。
その結果、「延命」が政策の中心になった。
本来であれば、競争力のない企業は再編や退出を通じて資源を次の成長分野に移すべきである。しかし現実には、補助金や信用保証、金融機関による支援を通じて、企業は市場に留まり続ける。これは短期的には雇用維持に寄与するが、長期的には生産性の低下を招く。
第二の理由は、金融システムにある。
日本の金融機関は、企業の退出を促すインセンティブを持たない。むしろ、不良債権化を避けるために、既存の貸出先を延命させる動機が働く。いわゆる「ゾンビ企業」が生まれる背景には、この構造がある。
本来、金融は資源配分の機能を担うべきである。成長性のある企業に資金を供給し、そうでない企業からは資金を引き上げる。しかし日本ではこの機能が弱く、結果として非効率な企業が市場に残り続ける。
第三の理由は、社会的価値観にある。
日本では「会社を潰すこと」は失敗や責任と強く結びついている。経営者にとって廃業は名誉の問題であり、金融機関や取引先もそれを避けようとする。この文化は一定の安定をもたらす一方で、必要な退出を遅らせる要因となっている。
これに対して、海外の中小企業政策は明確である。
ドイツは競争力のある企業を徹底的に育成する一方で、弱い企業は市場から退出することを前提としている。アメリカは挑戦と失敗を制度的に支え、破産を再挑戦のプロセスとして位置付けている。シンガポールはさらに徹底しており、国家の競争力に資さない企業は支援の対象外とされる。
いずれの国も共通しているのは、「選別」を前提としている点である。
日本だけが例外なのである。
もちろん、すべての企業を淘汰すればよいという単純な話ではない。問題は、淘汰の議論そのものが政策から消えていることにある。
淘汰がなければ、成長もない。
競争力のある企業に資源を集中させることができず、結果として経済全体の生産性は停滞する。これはすでに日本経済が直面している現実である。
必要なのは、「守る政策」から「選ぶ政策」への転換である。
どの企業を伸ばし、どの企業を再編し、どの企業に退出を促すのか。この判断を避け続ける限り、日本経済は変わらない。
なぜ日本だけが中小企業を淘汰できないのか。
その答えは明確である。
淘汰を避ける仕組みを、政治・金融・社会のすべてで作り上げてしまったからだ。
この構造に手を付けない限り、日本の停滞は続く。







コメント