黒坂岳央です。
昨今、「退職代行」が非常に流行っている。SNSでは「会社がやめさせないから当然だ」「従業員は立場が弱いので企業が悪い」と会社を叩く声が優勢に見える。だが冷静に考えてみたい。本当にそうだろうか。
確かに世の中には本当に悪質な企業が存在する。離職票を出さない、損害賠償をちらつかせる、執拗な引き止めで退職を妨害するなど、そういった企業には退職代行を使ってサクッと辞めるべきだ。
筆者も若い頃、やめると言ったら別室に呼ばれて半分脅すようなことを言われた経験がある。なので退職代行のすべてを批判するつもりはまったくない。
だがすべてが企業側に落ち度があるわけではないはずだ。親切・丁寧に指導・教育をしていたのに「交渉が面倒」と上司や同僚への迷惑も顧みず一方的にやめる。そういうケースも確実に存在する。
引き継ぎゼロ・連絡ゼロで職場に混乱を残す「バックレ型退職代行」の場合は被害者は企業である。この両方のケースを取り扱って初めて公平な議論ができると思っている。本稿で論じるのは世間であまり言われないこちらのケースである。

Yusuke Ide/iStock
利用者の6割が20代というデータが示す矛盾
退職代行「モームリ」が公開した累計15,934名分のデータがある。年代別の利用状況を見ると、20代が全体の60.9%を占める一方、40代はわずか8.4%に過ぎない。
この数字を前に一度、立ち止まって考える価値がある。退職代行は半数以上が20代が使い、なぜ40代はほとんど利用しないか?である。所得の余裕は40代の方があるのにも関わらずだ。
40代も20代も同じ企業に勤めている。悪質な引き止めは年齢を選ばないはずなのに利用率に約7倍の開きは違和感がある。
「それは40代はそもそも転職・退職自体が少ないのだから、代行利用率が低いのは当然だ」という反論は当然に想定される。確かに妥当な意見だ。では数字を見てみよう。
厚生労働省の雇用動向調査(2023年)で転職入職率を確認すると、20代前半が約15%、40代前半が約6%で、差は約2.5倍である。確かに40代の転職頻度は低い。
しかし退職代行の利用率格差は約7倍だ。転職頻度の差(2.5倍)で利用率の差(7倍)を割ると、説明できない残差が約4〜5倍分残る。転職の多い少ないを考慮した後も、20代の退職代行への依存度は統計的に突出して高い。「転職しないから使わない」では片付かないのである。
この非対称性を「企業側の問題」だけで説明するのは無理がある。つまり、「世代間の感覚の差」が主要因という見方ができる。
20代が退職代行を使う理由
では4〜5倍の残差は何を意味するのか。一つの解釈は「対話コストに対する世代ごとの価格感覚の違い」である。
上司への報告、引き止め、嫌味、最終日までの気まずい空気など、これらは40代以上にとって「辞める際の通過儀礼」として内面化されてきたコストだ。理不尽であっても、払うべきものとして処理してきた。自分も20代の頃は転職が多く、やめることが決まった後は居心地の悪さはあったが、「まあ転職とはそういうもの」として受け入れてきた。
ところが今の20代にとって、このコストは「3万円で外注できるもの」として映る。SNSで嫌な相手を即座にブロックするように、感情労働を金銭で代替し、リアルな人間関係を強制終了させるその判断自体は合理的ですらある。
問題は企業の引き止め体質にあるのではなく、対話そのものを高コストと感じる世代固有の感覚にあるといえる。筆者が本稿で取り上げたいのはこの部分だ。
バックレの被害者は企業
あくまで企業側に落ち度がなく、「会社との交渉が面倒くさい。退職確定後は居心地が悪い。3万円で面倒からバックレできるなら」という感覚での買い物をした場合だが、被害者は「立場の弱い若手社員」というより「企業と上司や同僚」という見え方もできるのではないだろうか。
やめる本人は代行におまかせして後腐れなく、さっさと次を見つけるつもりだろうが、残された方は正直、大迷惑である。いや、会社側だけではない。担当していた顧客にも迷惑だ。筆者は顧客側の立場だったのだが「すいません、急に担当が抜けまして」と引き継ぎ無しでやめられたことで、手間も時間も取られて大変な思いをしたことがあった。といっても新しく引き継いだ人には何の落ち度もないので、相手を責めることも出来ないのだ。
得をするのはやめる本人と代行業者だけで、ほかは全員が迷惑。これでは「従業員がやめてしまうような会社が悪い」とは言いづらいだろう。
そしてまともな会社、大企業、外資系ではこんなやめ方をするような人材を高く評価することはない。「代行を使ってやめるなんてその会社は悪質ですね」などと肯定的、同情的に考えることはない。
「その程度の会社しか勤務出来なかったのか」もしくは「なんて無責任なんだ」のどちらかである公算が大きい。なぜなら入社してまた代行を使われたら、困るのは採用する会社だからだ。
退職代行を使うと困るのは本人
加えて、こうした辞め方は本人のキャリアにも跳ね返る。大企業・外資系・入社スクリーニングが厳しい企業では、リファレンスチェックによって前職の評判を確認するケースがある。「黙っていれば分からない」と思うかもしれないが、信用社会では無責任な辞め方は記録として残りうる。
筆者は転職の際にリファレンスチェック、身辺調査、履歴チェック(経歴詐称の確認)を受けてきた。「実施してもよろしいでしょうか?」と一応は表面上は「任意」となっているが、もしも断れば「隠し事があるのか?」と疑われるし、面接は通らなくなるので受けるしかない。
筆者は嘘をついていないので問題なかったが、現実にリファレンスチェックで引っかかってお断りにつながる人もいるのだ。そのため、信用社会では嘘やごまかしでは逃げ切れないのだ。
◇
非常に厳しいことをいうなら、よほど悪質でブラック企業を除けば、退職の交渉、手続き、引き継ぎくらいできないなら、正直、ビジネスパーソンとしてのレベルを疑われる。
ある程度規模や知名度が高く、誰もが働きやすい会社ほど人材プールが濁ることを敬遠するので、なるべく代行は使わないに越したことがないだろう。
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