イランでは最高指導者アリ・ハメネイ師が政治、軍事、社会、経済など全分野の最終決定権をこれまで有してきたが、米イスラエル軍が2 月28日、イランのテヘランに大規模な空爆を実施し、ハメネイ師を始めとして、イラン革命防衛隊のモハメド・パクプール司令官、国家防衛会議議長のアリー・シャムハーニー氏のほか、ムーサヴィ軍参謀総長らが死亡した。イスラエル軍によると、ナシルザデ国防軍需相や革命防衛隊トップら7人も殺害されたという。すなわち、米・イスラエル軍の空爆でイランの政治、軍部のほぼ全ての指導者が殺害されたのだ。「これでイランのムッラー政権は終わりだ」という声が聞かれたとしても当然だった。

米イラン交渉に派遣する問題で内部対立を露呈したイラン、2026年4月23日、「イラン・インターナショナル」から
ハメネイ師の後継者は息子のモジタバ・ハメネイ師がイスラム革命防衛隊(IRGC)の支援を受けて選出されたが、情報筋によると、同師は顔や足などを負傷し、今なお公の場に姿を見せていない。同師は数回、メッセ―ジを発表したが、生の声ではない。しかし、イランのムッラー現政権は崩壊するどころか、ホルムズ海峡を封鎖し、世界の経済に大きな影響を与え、隣接国の米軍基地を無人機、ミサイル攻撃し、米軍との戦闘も辞さない強硬姿勢を見せているのだ。
イランでは現在、「誰が意思決定を下しているのか」という問いに答える者が誰もいないというのだ。イランと核交渉を進めたいトランプ米大統領自身が「我々は誰と話し合えばいいのか分からない」と嘆いたほどだ。
著名なイラン問題専門家ヴァルター・ポッシュ氏は4月2日、「イランのレジームはマトリックスのように機能している」と述べ、現在のイラン・イスラム共和国は権力機関の隙間を迅速に埋めることが出来るほど高度にネットワーク化され、中心を叩いても死なない分散型の支配構造を有している」と説明していたのも頷ける。
ハメネイ師が殺害される数ヶ月前、イランのペゼシュキアン大統領は、最高指導者に何かあった場合に起こりうる危険について警告していた。「そうなれば、我々は内紛を起こすだろう。イスラエルが介入する必要すらなくなる」と述べていたのだ。その予言は少なくとも外れてはいない。モジタバ・ハメネイ師は名目上はイランの最高指導者だが、彼は父親が数十年にわたって担ってきた役割、すなわち公の場に姿を現し、直接発言し、派閥間の対立を終結させ、国家の最終決定権を示す役割をまだ果たしていない。権力がより見えにくい構造へと移行してきている。
海外のイラン・メディア「イラン・インターナショナル」が4月1日、関係筋から得た情報として報じたところによると、ペゼシュキアン政権とイラン軍指導部との権力争いでイスラム革命防衛隊(IRGC)が事実上主要な国家機能を掌握したという。IRGCは、大統領による人事や決定を阻止するとともに、権力の中枢周辺に厳重な警備体制を構築し、事実上政府を行政支配から排除しているという。
革命防衛隊は、ペゼシュキアン大統領による情報大臣の任命を含む、大統領による人事を阻止した。一方、現在の治安秩序の中心人物である革命防衛隊のアフマド・ヴァヒディ司令官は、戦時下においては、機密性の高いポストは革命防衛隊が直接選任・管理すべきだと主張したというのだ。ペゼシュキアン氏はモジタバ・ハメネイ師との緊急会談を繰り返し求めたが、返答は得られなかった。一方、IRGCの上級将校からなる「軍事評議会」は、新最高指導者の周囲に厳重な警備網を敷き、政府からの報告が届かないようにしていたという。
「イラン・インターナショナル」によると、「IRGCを単純な一派として捉えるべきではない。現在の危機における主要な関係者のほぼ全員が、革命防衛隊、戦争世代、治安機関、あるいは最高指導者府と何らかの繋がりを持っている。重要なのは『IRGC対その他』という構図ではなく、体制の存続をめぐって争っている様々な勢力間の対立だ」と解説する。
第1勢力は、モジタバ・ハメネイ師を取り巻く旧来の情報・治安ネットワークである。これには、IRGC情報機関の元長官ホセイン・タエブ氏や、IRGCの元司令官モハマド・アリ・ジャファリ氏などが含まれる。
第2勢力は、より交渉に積極的な立場だ。ペゼシュキアン大統領、バゲル・ガリバフ国会議長、アッバス・アラグチ外相、そして元核交渉担当者のアリ・バゲリ・カニ氏などが名を連ねている。彼らの対話に対する比較的開かれた姿勢は、戦術的な柔軟性につながるかもしれないが、民主主義的な意味での「穏健派」とは言えない。
第3勢力は、軍事・安全保障に関する意思決定に直接関与している。この勢力の中心人物はヴァヒディ司令官だ。次いでモハメド・バゲル・ゾルガドル(元革命防衛隊高官、現在は最高国家安全保障会議議長)が挙げられる。
第4勢力は、元核交渉担当者で超強硬派の治安機関幹部であるサイード・ジャリリ、強硬派議員のハミド・ラサイ、アミルホセイン・サベティ、モハメド・ナバビアン、そしてパイダリ派の主要後援者であるサデグ・マフスリ氏を中心とするイデオロギー的圧力勢力である。この勢力は特にワシントンとの対話に敵対的。妥協を裏切りと定義し、交渉担当者を攻撃し、最高指導者のレッドラインを守ると主張している。
上記の4勢力は明確な派閥ではない。メンバーは重複しており、立場も変化する。いずれもイスラム共和国の存続に深く関わっている。異なるのは、その手法だけだ。
イラン指導部内の対立が交渉団のイスラマバード訪問を阻む結果となった。ペゼシュキアン大統領とガリバフ国会議長は、革命防衛隊に従属しているとしてアラグチ外相の解任を要求するなど、米国との協議をめぐる対立は、こうしたネットワークを白日の下に晒した。
情報筋によると、IRGCのヴァヒディ司令官は、交渉団を率いていたガリバフ国会議長(元革命防衛隊司令官)とアラグチ外相の権限を制限しようとしていた。また、元革命防衛隊高官、現在は最高国家安全保障会議議長のゾルガドル氏を代表団に加えることを望み、イランのミサイル計画に関する交渉を阻止しようとしていた。
協議が難航するにつれ、対立はさらに拡大した。 4月23日、イラン・インターナショナルの情報筋によると、代表団はさらなる協議のために出発する準備を整えていたが、モジタバ・ハメネイ師の側近から核問題の協議を除外するメッセージが届き、外務省代表団は以前の交渉について叱責された。アラグチ外相は、そのような制約の下では協議に出席しても無意味だと警告した。ガリバフ氏は核問題を協議に含めようとしたことで叱責を受け、交渉団長を辞任した。その後、アラグチ外相は単身イスラマバードへ赴き、テヘランの提案を届けたが、報道によると、この提案は後にトランプ大統領によって拒否された。
ペゼシュキアン大統領とガリバフ氏は現在、アラグチ外相の解任を求めている。同外相が閣僚というよりヴァヒディ司令官の側近のように振る舞っていると非難している。情報筋によると、アラグチ氏は過去2週間にわたり、大統領に適切な報告をすることなく、革命防衛隊司令官と連携していたという。
ルビオ米国務長官はイラン指導部の権力争いについて、「国と経済を運営しなければならないことを理解している強硬派と、完全に神学に突き動かされている強硬派が存在する」とフォックスニュースで語っている。そして「大統領、外相、国会議長、その他の政治家も強硬派だが、国民は生活していかなければならないこと、そして政府は給与を支払わなければならないことを理解している。一方、より強硬な勢力の中核には、IRGC、最高指導者、そしてその側近評議会が含まれる。残念ながら終末論的な未来像を抱く強硬派が、この国で最終的な権力を握っている」と説明している。
ちなみに、ペゼシュキアン大統領は「「イランには強硬派も穏健派もいない。我々は皆『イラン人』であり『革命家』だ。最高指導者への完全な服従によって、イランは犯罪的な侵略者にその行為を後悔させるだろう」とXに書き込んでいる。
「イラン・インターナショナル」のアラシュ・ソフラビ記者は2日、「イスラム共和国は繰り返し内部の派閥争いを政治的な道具として利用してきた。国民は‘悪い選択肢‘と‘さらに悪い選択肢‘のどちらかを選ばざるを得ず、外国政府は”さらに悪い選択肢”を避けるために、”悪い選択肢”と交渉するよう求められる」と指摘し、「国内の勢力図は変化した。かつての最高指導者は姿を消し、新たな指導者は姿を現さない。治安機関は強化されたように見える。イデオロギー陣営の声は大きくなっている。交渉担当者はより脆弱な立場に置かれ、対立する勢力は公の場で互いを傷つけ合うことを厭わなくなっている。しかし、イラン国民にとって、根本的な事実は何も変わっていない。彼らは依然として、自分たちには見えない決定の結果に苦しめられている」と記している。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2026年5月6日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。







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