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(前回:感染症有事と安全保障の交差点①:「医療崩壊」という誤診)
沈んだはずの空母が甦った図上演習
1942年5月、ミッドウェー海戦を前にした図上演習で、奇妙なことが起きた。
第一航空艦隊司令部が実施したこの演習で、判定担当の奥宮正武参謀は米軍機の攻撃によって日本空母「赤城」「加賀」の撃沈判定を下した。ところが宇垣纏連合艦隊参謀長がこれを覆した。撃沈は「損害軽微」に書き換えられ、沈んだはずの空母は甦り作戦は続行された。判定担当官の結論が、組織の意向で上書きされた瞬間だった。
一ヶ月後、実際のミッドウェー海戦で日本は虎の子の空母4隻を失う。赤城と加賀に加え蒼龍と飛龍も多数の飛行機搭乗員、乗組員と共に沈み、山口多聞中将も艦と運命を共にした。
この挿話は「楽観論が悲劇を招いた」という教訓でよく語られる。だが問題の核心はそこではない。演習という認識装置が組織の意向で無力化される構造があったこと——これが本当の問題で、しかも同じ構造は80年後のコロナ対応でもう一度観察された。
前回の拙稿で、柏市で妊婦が自宅出産し新生児が亡くなった事件を「誰も間違っていないのに全体が失敗する構造」として論じた。この構造は、戦後日本に特有の病理ではない。80年以上前から続いている、持病のようなものだ。
警告が空気に消えた日
時計を少し巻き戻す。1941年夏、内閣直属のある研究機関が、日米開戦のシミュレーションを実施した。官庁・軍・民間から選抜された若手エリートが模擬内閣を組織し、国力を数値化して戦争の帰趨を分析した。
結論は明快だった——日本必敗。開戦当初に戦果があっても、長期戦になれば継戦は困難になる。8月、この結論は近衛内閣と軍首脳部に報告された。東條英機陸相はこう言い放ったと伝えられる。
「実際の戦争は、君たちの机上の演習とは違う」。
ここで問題の核心に触れておきたい。戦前日本に分析能力がなかったのではない。知見は存在した。問題は、その知見を国家の判断に反映させる回路が存在しなかったことだ。警告する者はいた。警告を受ける場所もあった。しかし警告を処理して国家の判断を修正する制度的な道筋はなかった。
分析担当者は、与えられた条件下で合理的な仕事をした。彼らの仕事に瑕疵はない。だがその合理的な分析は、政治と組織の論理の中で無害化された。
「君たちの机上の演習とは違う」——この一言は象徴的だ。データに基づく分析が、感情と組織論理で退けられる。
この場面は、コロナ禍で何度も繰り返された。
インパールという合理性の暴走
もう一つ、戦前の象徴的な失敗を見ておきたい。1944年のインパール作戦だ。
牟田口廉也中将が指揮したこの作戦は、補給の見通しなしに強行された。ビルマから印東北部への山岳地帯を、約9万人の日本軍将兵が越えて進撃する計画だったが、補給路はそもそも確保されていない。牟田口は「兵士が現地で食料を調達すればよい」と指示したとされる。牛を連れて進軍する「ジンギスカン作戦」という珍案まで採用された。
結果は惨憺たるものだった。参加約9万人のうち、戦死・戦病死・餓死合わせて3万人以上の死者を出した。戦死より餓死と病死が多い作戦となり、撤退路は白骨街道と呼ばれた。作戦を立案・強行した牟田口は、戦後まで生き延びた。
この失敗もよく「無謀な指揮官」の物語として語られる。しかし個人の責任に還元すると、かえって本質が見えなくなる。問題は、補給という軍事の基本を無視した作戦計画が、なぜ組織として承認され、実行されたのかという点にある。第15軍司令部も、承認した南方軍も、裁可した大本営も、それぞれの組織論理では合理的に動いていた。誰も間違っていない組織が、全体として壊滅する。この構造こそが問題だった。
80年越しの既視感
コロナ対応を見ると、戦前の構造が形を変えて再現されていたのが分かる。
病院は院内感染を避けるため受け入れを断った。都道府県は国の方針が確定するまで独自判断を避けた。専門家会議は権限がないから提言に留め、責任も取らなかった。厚労省は感染症法と医療法を縦割りで処理した。首相官邸は世論を見ながら判断を先送りした。それぞれの組織が、組織の論理としては合理的に動いた。
2020年春、ある理論疫学者は「何もしなければ42万人死亡」という試算を公表した。しかしこの「42万人死亡」という警告は、青年将校の独走のように政府の統制を離れて行われたものだった。理論疫学者の警告は既成事実となり、国家の判断を統合的に修正する回路を通過しなかった。政府は数字を公式見解として採用せず、明確に否定もできないまま、マスコミが増幅した空気の中で政策が漂流した。
2021年夏、柏市で新生児が亡くなったのは、この漂流の帰結だった。病院は合理的に受け入れを断り、保健所は手順通りに動き、専門家は事実を語り、それでも命が失われた。誰も間違っていない組織が、全体として悲劇を生んだ。構造としてはインパールと変わらない。

山本七平が書いた「空気」の話
評論家の山本七平は『「空気」の研究』で、日本では匿名の強制力である「空気」が意思決定を支配し、責任の所在を永遠にぼかすと論じた。戦艦大和の沖縄特攻は、誰もが成功を信じていないにもかかわらず、「やるしかないという空気」の中で決まり実行された。責任者は最後まで特定されていない。
コロナ禍でも、同じ光景があった。緊急事態宣言の発出と解除、飲食店の時短、マスク着用、ワクチン接種。どれも法的な強制ではなく、空気による自発的な服従として広がった。自粛警察が隣人を見張り、マスクをしない者を糾弾し、ワクチンを打たない者を職場から排除した。
誰も命令していないのに、全員が動く。科学的根拠があるのか不明な対策を唱えても誰も責任を取らず、結果だけが残る。
この構造は戦前の翼賛体制とほぼ相似形だ。大本営発表への疑義を許さない空気、非国民という烙印への恐怖、隣組による相互監視。政府は空気に乗り、国民は空気に従い、責任は最後まで曖昧で、気づけば国家が破綻している。
精神論では変えられない
80年前の失敗と現在の失敗に共通するのは、個別組織の合理性を全体の合理性に変換する機能が、日本という国家に欠けている——という構造的な問題だ。陸軍は陸軍の論理で、海軍は海軍の論理で動き、両者の利害は並立したまま処理された。戦略は組織間の妥協文に化け、国家意思は両論併記の中に溶けた。
戦後、陸軍と海軍は消えた。代わりに省庁の縦割りが同じ機能不全を引き継いだ。厚労省、経産省、総務省、財務省、首相官邸、専門家組織。それぞれが合理的に動きながら、全体としては統合されない。組織の顔ぶれが変わっただけで、病理は持ち越された。
この構造は、精神論では変わらない。「政治家がリーダーシップを発揮すればよい」という言説は、問題を個人の資質に還元することで、制度設計の議論を回避しているだけだ。必要なのは、個別合理性を全体合理性に変換する制度的な回路である。
危機時に複数省庁・機関を横断的に統合指揮する機構、専門家の警告を政策判断に接続する制度、決定と責任の所在を明確にする仕組み——これらは9条とは無関係に設計できる。そして戦後80年、ほぼ手つかずのまま残っている。
80年前、日本は同じ失敗で300万の国民を失った。コロナ禍では死者数こそ戦争の規模に及ばなかったが、失敗の構造は驚くほど似ている。次に来る危機が何であれ——新型感染症か、巨大災害か、地政学的危機か——構造を変えない限り、私たちは第三のインパール、第三のミッドウェーを繰り返す。
次回は、この構造的問題にどう向き合うか。戦後日本が解体した機能の目録を整理しつつ、9条論争を超えた「危機管理国家」の制度設計を、具体的な形で提示したい。







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