ローマ教皇就任1年を迎え、米国人初のペテロの後継者に選出されたレオ14世の1年間の歩みを振り返る記事が掲載されていたが、欧米メディアはトランプ米大統領とレオ14世の間の米国人指導者同士の対立問題に大きなスペースを割いていた。トランプ大統領は先月12日夜、レオ14世を「あまり良い仕事をしていない」、「非常にリベラルな人物だ」と指摘、「過激左派に迎合するのをやめるべきだ」と述べ、イランの核開発を容認してきたと批判すると、レオ14世自身は今月5日、「私を批判するのはいいが、真実に基づいて批判しなければならない」とトランプ氏に釘を刺す、といった具合だ。

アンゴラ訪問中のレオ14世、2026年4月19日、バチカンニュースから
ところで、レオ14世の就任1年目に関連した時事通信のパリ発の記事を読んで少々戸惑いを感じた。記事は「ローマ教皇レオ14世が2025年5月に就任し、8日で1年となった。滑り出しは平穏だったが、トランプ米大統領との対立が次第に表面化。平和・反戦を訴えて譲らず、世界最大の権力者に物申す希有な存在として、信徒以外からも注目を集めている」と書いたうえで、外交筋は『バチカンには軍事力も経済力もない。あるのは道徳的権威だけだ』と述べた」というのだ。
驚いたのは、バチカンに、そしてレオ14世に「道徳的権威がある」と記していた箇所だ。世界各地のローマ教会で数十万人の未成年者が聖職者による性的虐待の被害を受けてきた。その教会のどこに「道徳的権威」があるのか。レオ14世は聖職者の性犯罪には関与していない、と指摘されるかもしれない。ただ、レオ14世は世界に約14億人の信者を有するキリスト教会の最高指導者だ。教会に従事する聖職者が未成年者に性的犯罪を犯したとするなら、その最終的責任者はローマ教皇にある。社員が経済的犯罪を犯した会社の場合、社長が謝罪する。教会の場合も同様ではないか。個々の聖職者が犯した性犯罪に教皇は関係がない、と言い切ることはできない。
ローマ教会の聖職者の未成年者への性的虐待問題を過去20年以上フォローしてきた立場上、「ローマ教皇には軍事力も経済力もないが、道徳的権威を有する」といった持ち上げる記事に接すると、「そうではない」と反論せざる得ないのだ。
オーストラリアのローマ教会を訪問したドイツ人教皇べネディクト16世(在位2005年~2013年)は当時、聖職者によって性的虐待された犠牲者と初めて会合し、その話を聞いて涙を流したという話が報じられた。
犠牲者の数が1人、2人であるならば、犯罪を犯した聖職者個人の問題と言い逃れることが出来るが、その件数が数十万件にもなり、刑事訴訟で有罪判決を受けたケースがある場合、教会組織と性犯罪の関係に何らかの繋がりがあると考えざるを得ない。そのような教会の最高指導者、ローマ教会に「道徳的権威がある」と、どうしても言えないのだ。
レオ14世は教皇就任後、平和のために祈り、戦争に反対を表明、武力行使をたしなめ、対話を呼びかけてきたことから、レオ14世を「平和の教皇」と称賛している論評があったが、歴代のローマ教皇の中で戦争や闘争を鼓舞した教皇が過去、いたか。ペテロの後継者の教皇が平和を説き、対話を求めるのは当然だ。難民問題でトランプ米政権の行き過ぎた政策に異議を唱えたとしても、教皇としては当然の職務だ。
欧米メディアは、トランプ大統領とレオ14世を恣意的にライバル関係と見なし、ボクシングの世界ヘビー級チャンピオン戦のように煽っている。そしてトランプ氏を反難民政策の権化とし、それを批判するレオ14世を正義の味方のように報じる傾向がみられる。
政治指導者と宗教指導者は、立場も求められる資質も異なる。米国民を守り、米国の国益を堅持することを第一職務とするトランプ氏と、イエスの福音を伝えることを第一聖職とする教皇では立ち位置が異なる。それをメディアは同じリング内で戦わそうとする。カトリック信者でもあるルビオ米国務長官は「ローマ教皇は政治問題に関与せず、教会の聖業に邁進すべきだ」と述べていた。トランプ氏もレオ14世も世界的指導者だ。両者の棲み分けが求められる、というわけだ。
以下は当方の私見だ。
ローマ・カトリック教会、バチカン教皇庁、そしてローマ教皇が本来の「道徳的権威」を回復するためには教会内の聖職者の性犯罪を先ず撲滅することだ。具体的には、聖職者の独身制義務の廃止、性犯罪に関連している場合の守秘義務の再考だ。前者は教会のドグマではなく、教会の作られた伝統だから、撤廃も可能のはずだ。後者は少々厳しい。告解の守秘はカトリック教会では13世紀から施行されている({聖職者の性犯罪と「告白の守秘義務』」2021年10月18日参考)。
ちなみに、カトリック教会では、告解の内容を命懸けで守ったネポムクの聖ヨハネ神父の話は有名だ。同神父は1393年、王妃の告解内容を明らかにするのを拒否したため、ボヘミア王ヴァーソラフ4世によってカレル橋から落下させられ、溺死した。
しかし、教会上層部が性犯罪を犯した聖職者を隠蔽してきたという実態が明らかになった結果、聖職者の告白の守秘義務を撤回すべきだという声が高まってきた。だから、「性犯罪の場合」、守秘義務の見直しを実行すべきだ。レオ14世には教皇と教会の「道徳的権威」を回復できるチャンスはまだある。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2026年5月10日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。







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